第9章 黒と蜜、紅と熱 * 信長VS信玄《共通ルート》
「美依っ………?!」
信玄様が名前を呼ぶ。
私はそのままぷっつりと意識を飛ばした。
もうピークに達していた身体と心は、限界値を突破してしまったらしい。
後の事は覚えていない。
ただ沈みゆく意識の中、感じたのは──……
『美依、美依……?!』
焦ったように私を呼ぶ信玄様の声と。
心配そうに見つめる黒い瞳、それから……
迷子みたいな赤い瞳の信長様。
あの夜の切なげな声がずっと耳の中にこだまして。
この抱き止める温もりが、どちらの腕なのかも、私には解らなかった。
*****
『────美依』
私を呼ぶのは、誰?
信長様、それとも信玄様?
私はいい加減な女なの、
だから、もう呼ばないで。
私を───………愛さないで。
『────私は…〇〇様の傍にいたい』
「………?」
「気がついたか、美依」
深く沈んだ意識が浮上してみたら、見慣れない天井が目に入った。
周りが薄暗い、行燈の灯りが少しあるだけか。
私はどうやら、褥に寝かされているらしい。
柔らかな布団に身体が沈んでいる感覚がする。
でも、さっきより頭も身体もスッキリしてるような。
私、天主から逃げてきて、それからどうしたんだっけ……?
「美依、大丈夫か?」
すると、また甘さを含んだ声がして、今度は誰かに顔を覗き込まれた。
心配そうに、でも穏やかに煌めく黒曜石のような瞳。
それを見て、私は目を見開き……
掠れた声で、その人の名前を呼んだ。
「信玄様……」
「気がついて良かった。君、道の往来で倒れたんだ」
「ここ、は……?」
「宿屋だ、倒れた君を運び込んだ。もう夜だし、今から帰るのは危ない。今夜はここに泊まっていきなさい」
上半身を褥から起こすと、そのまま大きな手で頭を撫でられる。
ふわりふわりと何度も何度も。
その温もりを感じたら、なんだが目頭が熱くなって……
気がついたら、涙が零れてしまった。
こんな泣くなんて駄目だと思っても、涙が次々に溢れて止まらない。
信玄様はそんな私を見て、驚いたように目を瞠って。
それでも、その無骨な指で涙を拭ってくれた。