第1章 継子
まずは、一体…。
同時に倒そう、なんて考えるな。師範のように自信を持てるほど強くはないのだから。順番に、正確に。
走りながら呼吸を整え、耳を澄ます。
…右の一体よりも、左の方が距離が近い。
同じ方向に動かしていた爪先を左に方向転換し、全速力で駆けぬければ、頬を掠める夜風の音に紛れて聞こえる鬼が発する独特な不気味な音に、徐々に近づいていく。
───…いた。
弱くはない、と言ったけれど、私なら難なく倒せるであろう強さの鬼。
日輪刀を構えて刃を向ける私に牙を剥き、だらしなく涎を垂らしながら耳障りな奇声をあげている。
鬼の頸目がけて日輪刀を振れば、鬼までの距離が足りなかったのか、身構えた鬼の両腕と頸の半分ほどしか斬れなかった。
目を見開き、驚愕の表情で後ずさりする鬼。
私の強さを甘く見ていたようだ。
「残念ね、こう見えても動きだけは速いって師範に言われてるの」
慌ててその場から逃げようとしている鬼の目の前に一瞬で移動し、音を最小限に、傷が塞がりかけていた鬼の頸を今度こそ斬り落とした。
ゆらり、力をなくして地面に倒れる体と、ごろりと転がる頸。
その鬼は痛みで顔を歪め、言葉になっていない声で私に向かって何かを叫びながら、ぼろぼろと崩れて消滅した。
「…さようなら」
目を細め、口先だけで呟く。
例え元は善良な人間であったのだとしても、鬼に慈悲を向けるほど…私は優しくない。
ふと、小さい頃の記憶が思い浮かび、胸が酷く締め付けられて鼻がツンと痛む。
けれど、それを振り払うようにして、私はもう衣服しか残っていない鬼の残骸に背を向け、二体目の鬼に向かって走り出した。
私たち鬼殺隊が、鬼を狩る理由。
鬼が、人を食らうからだ。
人肉を主食とし、罪のない老若男女を貪り食う。
人を食らえば食らうほど鬼の力量は増していく。
だからこそ鬼殺隊は、より多く鬼を狩れる強さが必要なのだ。
大切な家族を失わないように。
大切な人の命を奪われるという、悲劇をこれ以上増やさないように。
日に当たれず、夜しか活動できない鬼の頸を一体でも多く斬るために。
鬼殺隊は、寝る間も惜しんで刀を握っている。
「次は……こっちかな」
日は完全に落ちた。
お腹がすいている。
今日の夕餉は何かな。
師範はもう終わっただろうか。
早く、帰りたい。
温かくて、賑やかな屋敷に。