第1章 継子
「………肆…いえ、伍ですか?」
師範の問いに、微かな音に耳をすまして気配を探る。
鳥や虫の声、小川や風の音に紛れて聞こえた不穏な音を数えてそれを口にすれば、師範は軽く握った拳で私の額を小突いた。う、はずれか…?
「惜しいな、陸だ。もう一体は岩の影に隠れてやがる」
「う、ぐ…」
「まァ、今は俺がいたからいいが。単独任務じゃ誰も教えてくれねぇから、次は無いと思え。見落としが無いよう、常に集中しろ。いいな?」
「はいっ」
岩に隠れていたから、もう一体の音を捕えられなかったのか…悔しい。
私は、生まれつき常人より耳の聞こえがいい。
小さい頃の話。賑やかな街で迷子になった時に、はるか遠くから父の呼び声が聞こえて、その声に向かって走っていったら父と遭遇できた。自分は人より耳がいいのか、と気づいたのはその時だ。
だからそれを使いこなし戦闘に役立てようと、体と共に聴覚もつねに鍛えている。
が、鍛練が足りなかったようだ。
鬼殺隊の人間には、失敗した後の“次”はない。
もっと、確実に気配を探れるように、鍛えなきゃ…。
「さて、飯の前に軽い運動といくか。…死ぬなよ?」
「…約束はできないですぅ」
「あァン?」
「あ、死んだら毎日新しいよもぎ大福を仏壇に供えてください。粒あんを増し増しでお願いし…」
「ハッほざけ!俺様の継子がなに言ってんだ」
首や手の関節を鳴らして、師範は背負っている鎖でつながれた日輪刀の柄を握りしめた。
次いで、私も自分の日輪刀の柄を握りしめる。
私の日輪刀の色は、撫子色。桜色より濃く、桃色より淡い、優しい色。
何故こんな色が出たのかは、私自身もわからない。果たして私の色がこんな柔らかな色でいいのかどうか…
「俺は腹が減ってる。速攻で片付けろよ?平等に参体ずつだ」
「が、頑張ります」
私もお腹すいてますから…。
師範と二人、背中合わせで闇に向かって日輪刀を構えた。
不穏な音をずっと響かせていた鬼が、近づいてきている。
音の不気味さでわかる。それほど弱くはない鬼だ。
「準備いいか、舞千。…派手にいくぜ!」
「はいっ!あっいや派手はちょっと…!」
どこか楽しげな声を張り上げた師範と、階級が乙でも戦場ではまだまだ緊張を隠せない私。
師範は派手な音を響かせ、反対に私は“静かな音”で同時に地を強く蹴り、走りだした。