第1章 継子
「帰ったぞー」
「ただいま戻りました!」
屋敷に到着し、慣れたように玄関の扉を抜ければ、一気に気が緩んだ。
同時に、ふわっと香ってきた夕飯のいい香りにお腹の虫が踊り出す。
稽古の最中からずっと続いていた空腹感は限界をこえて、鬼退治のこともあってもはやその空腹感はすっ飛んでしまっていたけれど……香りが鼻腔をくすぐると途端にそれは舞い戻ってくる。待ってましたと言わんばかりに。
お腹の虫さん、鳴かないでね。
恥ずかしいから。
「天元様!舞千!」
「おかえりなさい、遅かったですね」
私と師範の声に厨から可愛らしく顔を覗かせたのは、師範のお嫁さんの、まきをさんと雛鶴さんだった。
まきをさんは、面倒見がよくて元気で、絡みやすい姉御肌な人だ。…けれど気が強くて短気なところがある。
対して雛鶴さんは、優しいお姉さんという印象が強い(いや母親だろうか)。料理がものすごく上手で、手先も器用で。私が男だったらこんな女性と結婚したい。師範が羨ましい。
そして、もう一人。須磨さんという人がいる。
何度か言ったけれど、私のことをものすごく心配してくれている人だ。年上とは思えないくらい話しやすいけれど泣き虫で、ドジっ子で、よくまきをさんに怒られている。
そう…なんと師範は三人もお嫁さんがいるのだ。
女性と出会いがなく結婚できない男性もいるというのに…世の中ってほんとうに残酷だと思う。
「あら?舞千さん、その顔…」
「ちょっと、どうしたのそれっ?」
「え?」
杓文字を手にしている雛鶴さんと、五つのお椀を抱えていたまきをさんは私の顔を凝視して、目を見開いた。
けれど顔は怪我をしていなかったはず。葉っぱかなにか付いているのだろうか。それとも…
「……あ゙ッ」
「それって…」
「血…?」
まずい。
「舞っちゃんが怪我ッ!??」
思い当たる節が見つかったけれど、言い訳をする間は一瞬となく。
厨から聞こえてきた叫び声に、私の肩はビクンッと大袈裟にはねた。
直後、ドタバタと女性にしてははしたないほど賑やかな足音で駆けてきたのは、先ほど紹介したお嫁さんの須磨さん。
「う、うそ…舞っちゃん、その顔…ッ」
私の姿を見るなり、青くなっていく顔。
可愛らしい顔が台無しになるくらい、歪んでいく。
ああ、終わった。