第1章 継子
「っし。怪我はねぇか、舞千」
「は、はいっ」
一瞬。ほんの一瞬。
鬼の間合いに入った師範は、一瞬で頸を斬り落としていた。
肆体目の鬼の、急な襲来による緊張感や疲労感、そして改めて師範と私の実力差を見せつけられた今、もう、何が何だかわけがわからなくなってぐぅの音も出ない。
私は疲れた。
「ったくあの鬼…ちょーっと強えから俺が派手に遊んでやろうと思ってたのによぉ。気づいたらどこにもいなくて焦ったわ」
「あ、焦…?」
「お前が倒せる鬼じゃねぇってわかってたからな。案の定、派手にやられそうになってただろ」
ツン、と人差し指で軽く頭を小突かれ、先ほどの悔しさを思い出して俯く。
すると師範は、今度は私の頭に手を乗せた。
「ま、怪我がねぇなら大したもんだっ」
「わっ!?ちょッ師範!」
ぐりぐり、わしゃわしゃと頭を撫でられる。
あまりにも乱暴で目が回りそうだけれど、でもかなり手加減して触れてくれているという気遣いを感じて少し嬉しくなる。
「…正直、間に合わなかったらって考えちまった。悪ぃな、一瞬でもお前を侮った」
「あ、いえ…私も、勝てる相手じゃないって思ったら弱気になっちゃいましたし……危なかったのは、確かですから」
すみません…
ぽつりと謝れば、乱暴に頭を撫でていた手は止まり、まるで慰めてくれるかのように優しく二度、頭をポンと叩いた。
ゴツゴツした、鍛え抜かれた男の人の手。
師範は通常の男の人より体が大きいから、もちろん手も大きい。
危険な目にあった時は守ってくれるし、安心する、優しい手だ。
「今度こそ帰るぞ、もう鬼はいねぇな?」
「……はい。音もしてないですし」
とっくに回復しきっている耳をすまして聞こえるのは、木々のざわめきと生き物が活動する音だけ。穏やかで、心地よい風が頬を撫でて髪をさらりと梳く。
鬼はもういないはずだ。
師範も、そうだと言わんばかりに大きく頷いた。
「よし、帰るッ!腹減ったッ!」
「お風呂入りたいですぅ…」
何やら上機嫌らしい師範に「屋敷まで競うか?」と誘われたけれど、丁重にお断りした。