第1章 継子
嫌だ、まだ諦めたくない!
襲いかかってくる鬼の攻撃と、背中への衝撃にそなえようと肺いっぱいに酸素を取り込む。
ふわりと揺れた私の髪が、一瞬だけ視界を覆った。
ほぼ、それと同時だった。
「ギャッ!!」
鬼の悲痛な声が聞こえて、思考が停止する。
開けた視界の先では、着地した鬼が数歩後ずさり、私から距離をとっていた。
ピッと顔になにか熱い液体が数滴降りかかり、そして何故か、目の前にいる鬼の腕が消えている。
肘の下から、四本あるうちの二本の腕が。
……え?う、腕が、ない…って?
それに私自身も、背中への衝撃が一切ないことに気づいた。
足は地面についているけれど、体が斜めになって浮いている。
「くっそォ…痛えなァ!!」
「な、なん…っ」
鬼の、斬り落とされた腕の傷口からボタボタと血がこぼれ落ちる。
顔中に青筋を浮かばせて鬼は私の方を睨むけれど、腕を斬り落としたのは私じゃない。
それじゃあ──…
「よォ、舞千。よく耐えたなぁお前」
「…し、師範…」
おそるおそる見上げれば、口角を上げてどこか嬉しそうに笑う師範がいた。
ふわりと背中を押し上げられ、斜めだった体勢が直される。
師範が背中を支えてくれたから、私は地面に倒れずに済んだようだ。
「来て、くれたんですか…?」
「ったりめぇだろ。アレは俺が倒すぶんの鬼だからな」
派手に逃げやがってあのクソ鬼。と、今度は苛立ちを顔に浮かべて、師範は日輪刀を空中で振って付着していた血を払った。
師範が、鬼の腕を斬ったのだ。
師範にしてはあまりにも静かな登場に開いた口が塞がらないけれど、呆然としている場合ではない。
鬼はまだ生きている。
早くも腕の傷は塞がり、元通りにはなっていないけれど残りの腕が残っているのだ。
「てめェ…柱かァ?」
「あァ?だったら何だ」
「クソォ…そいつを食おうと思ってたのによォ!」
「は、馬鹿なこと言ってんじゃねぇ、こいつは俺の大事な継子だ。テメェなんざにくれてやる肉はねぇっつーの!」
鬼の言葉に怒りをあらわにした師範は、私の後ろにいたはずなのに瞬く間に鬼の間合いに入っていた。
ものすごい爆音を残して。
「み、耳が…」
顔を顰めるけれど、師範が来てくれたことに安堵し、心がほわほわと暖かくなった気がした。