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Emotional Reliable

第10章 ことば



「明日から夏休みだね」
陽が落ちた今、さすがに蝉の大合唱は終わっていたがうだるような暑さが残る。

「そうだな」
凛の方も今日が終業式だったらしい。
鮫柄は全寮制だから夏休みといっても学校がないだけでそう変わらないからか、 はたまた日本での5年ぶりの夏休みにあまり実感がわかないのか、凛の反応は薄い。

「嬉しくないの?」
元気のない凛を心配した汐は凛の顔を横から覗きこんだ。
視線がぶつかった。
しかし次の瞬間、凛は汐を拒むかのごとく視線を横へ逃がした。

「別に...」
そっけなく返す凛。
夏休みのことよりも今は別のことで頭がいっぱいだった。


凛のそっけない返事に会話の詰まりを感じて、汐は話題を切り替えた。
「明日から部活も午前練習とかになるからこうやって夜お話する機会、しばらくないかもね」

「...」
凛の足が止まった。
隣を歩いていた汐も同じように歩みを止めた。


(そうだ)

ついさっきは汐の瞳から逃げたが、今度は捕まえた。
汐の赤紫の瞳が、夜空に輝く星々を転写したように煌めく。


(俺と榊宮は、理由がないと会わない関係だ)

今までそのことを忘れていたわけではない。
ただ、汐の一言で明確に自覚してしまった。
だがそのことを汐に言えるだろうか。
答えは否だ。
こんなことを言っても汐を困らせるだけであるのは容易に考えつく。

「松岡くん、どうかした?」
急に歩みを止めて自分の瞳をじっと見つめる凛をさほど不審がる様子もなく、柔らかな笑みを浮かべながら尋ねた。

「いや...」
再び視線を外し歩き出した。

「そう...」
何か言いたげな表情をしていたが凛はなにも言わなかった。
汐は何も聞かずに自分の数歩前を歩く凛を追った。
元気のない理由を訊きたかったが、凛の纏う雰囲気がそれをさせてくれなかった。

「地方大会は男子も女子も同じ会場なんだよ」
「そうなのか」
「うん。去年と同じ会場だからね」
「...」

汐は困ってしまった。最近やたら会話が詰まる。
凛の様子が明らかにおかしい。
県大会以前の凛ではない。
なにか、目の前の目標ではない違うものを見ているような気がしてならない。

「ね、鮫柄の人に聞いたんだけど松岡くんリレー泳ぐの?」
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