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Emotional Reliable

第10章 ことば


璃保は汐を見た。
長いまつげに隠れる赤紫の瞳には薄い涙の膜が張られ、表情全体が憂いを帯びていた。
それでも頬は柔らかに色付き、ゆっくりとことばを紡ぐ唇は美しかった。

「汐にもわかんないことはアタシにもわかんないわね」
艶っぽい。という言葉が今の汐には似合うなと、璃保は思った。


2人はエレベーターの前に来た。
さっき来たばかりらしく停止階のランプは2階のところが点灯していた。
まだしばらくはこないだろう。

汐はエレベーターの近くの台に置かれている彫刻を見ていた。
そして惚けたようにこう言った。
「この彫刻、すごくいい筋肉してる...」

いつもどおりの汐だった。
先程までの艶っぽさはもうどこにもない。

「何言ってんの」
「璃保見て、この彫刻の腹斜筋」
「好きねぇ」
「この腹斜筋触りたい」
流石にそんなことはしないとは思うが一応制止はかける。

「汐、わかってるとは思うけど触っちゃだめだから」
「わかってるよー...って、こんなとこに花瓶なんてあったっけ?」
そこには花の生けられた小さな花瓶があった。

「なんの花だろう」
「黄色くて細長いのがクラスペディア。青いのがアスター...ほら、蝦夷菊」
「すごいね璃保」

彼女らが花の話をしていると唐突に後ろから声をかけられた。
「ご名答。リホは博識なんですね」
「シスター!」

声をかけたのは学校の中にある修道女会のシスターだった。
シスターは璃保に一瞥をくれると、目線を汐にやった。

「シオ、貴女最近元気ありませんね」
「っ...!はい、ちょっといろいろありまして」
一瞬困惑した汐にシスターは優しく微笑んだ。
イタリア人の特徴である澄んだ青い瞳と汐の瞳がぶつかる。

「シオ、貴女は2年生になってから表情が生き生きとしてきた。私はそれがとても嬉しかった」

汐が何か言おうとしたとき、ちょうどエレベーターが到着した。シスターは行ってしまった。


(松岡凛ってほんとにすごいわね)

10年一緒にいるのに、シスターの言う通り最近になって初めて見た表情が多過ぎた。
正直に言って、凛と出会ってから汐は変わったと思う。

エレベーターの扉が開いた。


(ねぇ汐...)

汐が先にエレベーターに乗り、璃保に行こ、と声をかける。


(そんなに松岡凛のことが好き...?)

心にとどめて、璃保はエレベーターに乗り込んだ。
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