第10章 ことば
正式な式典の間は外せと言われているのか、璃保は外していた両耳合わせて3つのピアスをつけ始めた。
ショートヘアから覗く耳朶を飾るのは澄んだ双つの水色の輝きと白い輝き。
実家の祖父からの贈り物で、どうやら本物のアクアマリンとダイヤモンドらしい。
一見不真面目そうで俗に言うチャラい人の部類に入るが、負けず嫌いで自分に厳しい璃保。
勉強もできるしクラスのリーダー的役割も任される。
だから多少素行が悪くても教師たちはなにも言ってこない。
教師たちが璃保に対して強く出ないことには他にも理由があるが、よほどのことがない限り璃保はそれを人に話そうとしない。
璃保がそうだから、汐も誰かに訊かれても話さないようにしていた。
講堂から出ようと歩き出したときに璃保は思い出したようにこう尋ねてきた。
「そういえば汐、最近どうなの?」
「え?」
「ほら、こないだ話してくれた彼」
「ああ」
一瞬何のことを言っているのかわからなかったが、理解した。
璃保が訊いてきたのは、凛のことだった。
「松岡くんのことだよね?」
「そそ、松岡凛」
璃保と汐は扉付近に群がる人が少なくなったころに講堂を出た。
採光がよくて陽の光がよく入る明るい広間が目の前に広がった。床は白く磨き上げられた美しい大理石だった。
冷房をよく効かせた講内から出たのにも関わらずあまり暑くない。
スピラノは校舎内全体に弱冷房がかかっているため夏でもとても快適に過ごせる環境だった。
「最近どう、かあ...」
「前会ったのはいつ?」
「一昨日」
「割と最近じゃない」
汐は最近の凛の様子を思い起こした。
「なんだろ、最近松岡くん元気ない感じがする」
「なにそれ、風邪でもひいてんの?」
「そうじゃなくて...いや、わかんないけど違うと思う」
「じゃあ成績悪くて落ち込んでるとか?」
「松岡くん頭いいしそれはないと思う」
「じゃあなんなのよ」
汐は視線を落とした。
凛の様子が普段と違うのは汐にとっては一目瞭然だった。
しかしどうしてそんな様子なのかがわからない。
訊きたいけど訊けない。
凛は話そうとしない。
日々もどかしい思いを抱えていた。
「なんだろうね」
汐は笑った。
深いところまで話せる相手だと思っていた。
けれどそれは自分の方だけだなのだと考えると寂しかった。