第10章 ことば
この日は朝から暑く、外では朝日が顔を出し始めたころから蝉が大合唱を始めていた。
「これにて聖スピラノ学院1学期終業式を閉式いたします」
司会を務める教頭が会を締めた。それまでしんとしていた講堂内が細波のように静かにざわめきだす。
中高あわせて800人弱の生徒が正装で一堂に講堂に会す数少ない行事、今日は1学期の終業式だった。
普段の夏服につけてるタイを式典用の純白のシルク素材のものに、シャツをラインの入ってない七分丈のものに揃えるだけであるが、生徒はこれを正装と呼んでいた。
話が長かったらしく、生徒は少し気だるげに講堂をあとにしていく。
汐は前の方に座っていた璃保に声をかけた。
「璃保行こー」
「ん...、ああ汐じゃない」
「寝てたでしょ」
「寝てた」
「おはよ」
璃保は椅子から立ち上がり伸びをした。
背が高い璃保が伸びをするとさらに高く見える。
深呼吸と同時に膨らみ上下する胸は汐と比べるとフラットなのが目立つ。
汐と並ぶと体型が正反対なのがより強調された。
「璃保は目立つから寝てたら注意されるでしょ」
「居眠りくらいならなにも言ってこないよ。それに、シスターの話はちゃんと聞いてたから」
「や、そういう問題じゃなくて...」
寝ちゃだめだよ...と言おうと思ったが、冷房がよく効いている上に、座り心地の良い座席。
おまけに興味のない校長や生徒課長の長話という名の子守唄。
これで寝るなというほうが無理な話だなと汐は思った。
事実、汐もうとうとしていた。
「午後の部活のためにエネルギー温存してたの」
「そういうことにしとくよ」
「地方大会まであと1週間とちょっとでしょ?絶対練習きついじゃない」
「そうだね。明日から夏休みメニューだし」
「ほんとそれ。練習時間も長くなるからきつさ倍増」
あーやだやだ、とぼやきながら璃保はシルクのタイを外した。
「式典用のタイってなんか堅苦しくて好きじゃないのよね」
ポケットのない制服からどこからともなく赤いタイをしめた。
その璃保の様子を見て汐は少し頬を緩めた。
璃保は気だるそうにやだと言いながらも、実は誰よりもストイックに練習をこなすからだ。