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Emotional Reliable

第10章 ことば


「...」
「...」
「...なんだよ」
「えっ...あぁ、なんでもないよ」
凛が訝しげに汐を見た。その視線に気づくと汐は曖昧な笑みを浮かべて目線を斜め下におろした。

素直にかっこいいと思った。
だからなにも言えなかった。
じっと凛のことを見ていたことを追求されると弁明のしようもないので汐は話題をすり替えた。


「そういえば前、鮫柄水泳部って水神様のところに必勝祈願のお参りに行ったんでしょ?」

凛の眉が動いた。

「...なんで知ってんだ?」
凛はそのことを汐には話していない。
それなのにどうして汐がその必勝祈願のお参りのことを知っているのだろうか。

「ああ、えっとね、鮫柄の人から聞いたの」
何気なく発せられた汐のことば。

〝鮫柄の人〟。
自分以外に汐と連絡を取っている男。
恐らく先日凛にカップル疑惑をかけてきた二人組の片割れだろう。

「岩鳶町で開催されるイカ祭りだったんでしょ?」

ひどく胸がしめつけられる気分だった。

まず汐が他の男から得た情報を笑顔で話しているのがどうにも気に食わなかった。

それに加えて〝岩鳶〟という単語であのイカ祭りの夜のことを思い出した。
祭りの喧騒を抜けて岩鳶小学校へ行った。
そこで、もう一度リレーを泳ごうという決意を固めた。
しかしまだ気分が晴れない。むしろ決意を固める前よりも胸の内が重く苦しい気がする。

汐と話してる間はその胸の淀みも忘れることができたのに思い出してしまった。
自然と凛の表情も淀む。

「松岡くんどうしたの?イカ祭り、楽しくなかった?」
汐が心配そうに凛をのぞき込んだ。

違う。そうじゃない。
だが汐は何も知らない。まだ凛は話していなかった。
汐は凛に自分の過去の話を打ち明けた。凛も汐には自分の過去の話をしてもいいと思っている。
しかし凛は迷っていた。
こんなこと話しても汐を困らせるだけなんじゃないか。過去を話すことで汐との間に距離ができたりしないか。
うまく理由をことばには出来ないが、汐との間に溝が生じるのは絶対に避けたい。

「いや、そういうわけじゃねえ」
「そっか」
あえてそっけなく答えた。
今はこのことに関してはあまり深入りされたくない。
汐もそれで納得したように相槌を打った。

凛は視線を汐から外した。
汐はその視線を追いかけた。
その瞳赤紫の瞳には、一抹の寂しさが見え隠れしていた。
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