第10章 ことば
「おっ松岡どうした?...ん?ああ!実はなーこいつ汐ちゃん狙いなんだってよ!」
「ちょっと待てよ、可愛いっつっただけでまだ狙ってるとは言ってないだろ!」
「嘘つくな!汐ちゃんにメアド訊いといて狙ってないとは言わせねぇぞ!」
「うるさいな、可愛い他校の女友達がほしいだけだ!」
凛が話に入る間を与えてくれない。
二人は軽い言い争いをしていた。
言い争いというよりかは茶化す人と茶化される人、といったほうが正しいかもしれない。
もともと汐が男子に人気があるということは知っていたが、こんな形でその場面に遭遇するとは思わなかった。
話の展開的に片方の部員が汐に何らかの好意を抱いてることがわかる。
内心ざわつくものがあったが、それを顔に出さずにいた。
「汐ちゃん可愛いよなー!あのくりくりした二重の目とか!やわらかそうな頬とか!」
「全体的にやわらかそうだよな」
「特にあの胸な!絶対Dはあるな!!」
「お前下心抱きすぎだろ流石にキモい」
「はぁ?てめーだって同じようなこと言ってただろ」
「...お前ら。」
いい加減にしろ。あいつのことをいやらしい目でみてんじゃねえよ。
喉元まで上がってきた凄まじい嫌悪感と一緒にその言葉を呑み込んだ。
「話はそれだけか?」
顔と言葉にださない分、声に顕れた。
苛立ち、嫌悪感、一言では言い表すことのできない感情が凛の胸を支配する。
「あ、ああ...」
「なんか、悪かったな...」
凛の不機嫌な声に怖気づいた2人は目配せをして凛に詫びた。
汐ちゃん汐ちゃんと馴れ馴れしく呼ぶ2人に向かって凛は吐き捨てるように言った。
「お前ら、そんなに汐のことが好きか」
答えを聞くことなく凛は更衣室へ向かった。
(なにムキになってんだよ俺)
少なくとも彼らよりは汐のことを知っているつもりだ。
よく喋って、気丈で、笑顔が魅力的な優しい人。
甘党で栗と牛乳が好きな人。
彼らが知らない彼女のことをもっともっと知りたいとさえ思う。
ため息をひとつ。
そして誰にも聞こえない声で2人に吐き捨てた言葉をもう一度呟いた。
「そんなに、汐...榊宮のことが好きか...」
今度は、自分に向けて。