第10章 ことば
「松岡くん地方大会おめでとう」
汐の手に握られていたのは公園の自動販売機で買った缶のスポーツドリンク。
それを凛に差し出しながらふわりと微笑んだ。
「さんきゅ」
それを受け取り凛はベンチに腰をおろした。
夜の公園。凛と汐以外誰もいない。
初夏特有のしっとりとした夜風が二人の頬を撫でる。
「地方大会決まったお祝いが缶ジュース1本ってのも、なんかちょっとさみしいかもね」
クスクス笑う汐もカバン1つほどの間を空けて控えめにベンチに腰をおろした。
「うちの選手たちも大会に出た2,3年生はみんな地方大会に出れるんだ」
スピラノは少数精鋭型のチームだ。
選手層は決して厚くはないが、皆ストイックでひとりひとりが強かった。
「地方大会は男女会場が一緒だからもしかしたら会えるかもね」
「...そうだな」
汐は凛の瞳を横からのぞき込もうとした。
凛の意識は今ここにはない、そう思った。
つまりは上の空。
凛はなにか別のことを考えてるように思えた。
「...嬉しくないの?」
「なにが」
不意に真面目なものになった汐の声に凛は反応した。
灯りの少ない中見る汐の瞳は深い薔薇色をしていた。
声も視線も凛を心配する真面目なものだったから、それに応えるように凛も汐を見つめた。
「地方大会に出れるってことは、〝絶対に勝たなきゃいけない人〟に勝ったってことでしょ?そのこと、嬉しくないの?」
「...っ!」
言葉に詰まった。
県大会で遙と勝負して勝ったことが嬉しくないわけではない。
これで前に進める、夢に近づくことができる、そう思っていた。
しかし、真琴に言われた〝競泳における勝ち負け以外のなにか〟。それが引っかかる。
そしてそのことを引きずったまま岩鳶のリレーを見た。
心に、上手く言葉にできないなにかが渦巻いている。
今もそうだ。
ぐるぐると渦巻くこの気持ち。この正体がわからなくて凛はモヤモヤしていた。
「いや、そういうわけじゃねぇんだけど...」
「けど?」
「...」
凛は汐から目線を外した。
目をそらし黙り込んだ凛に対し、これ以上追求してはいけないと判断して汐は凛から視線を外し柔らかな声音で詫びた。
「ごめんね、急に困らせるようなこと言って」
「いや、別に...てかお前そんな甘そうなもン飲むのか?」
「え?」
凛の目線は汐の手の中の缶ジュースにあった。