第10章 ことば
「あたし...!男子の中で一番に応援してるの松岡くんだから!今日の試合、〝絶対に勝たなきゃいけない人〟に勝ってきてね!」
そこまで言うと汐は凛の返事を待つことなく走りながらホームへ消えていった。
凛はその背を見つめていた。
どきどきと胸が高鳴っている。顔が熱い。
以前汐に〝絶対に勝たなくちゃいけない人〟のことを話した。
その時も、松岡くんなら絶対に勝てるよと激励してくれた。
かなり前に話したことを汐は覚えててくれたことに喜びを感じた。
しかしそれ以上に汐の口から〝一番〟という言葉がでてきたことが想像以上に嬉しくて頬が緩む。
(俺今すげー情けない顔してねぇか...)
ホームの方では電車が発車する音が聞こえた。
凛は駅を後にした。そして、父親の待つ場所へと向かった。
潮を含んだ空気が凛の身体にまとわりつく。
墓は海を見下ろすように建っていた。
波が岸壁を打つ音が朝の静かな空間に響く。
凛は墓の前に立っていた。
潮の音に耳を澄ませ、精神を落ち着かせていた。
こぶしをつくり、コツンと墓に当てた。
(親父...見ててくれ。俺は絶対勝ってみせる)
潮風が凛の頬を撫で、髪を踊らせた。
目を伏せた。
これまでの日々が走馬灯の様に蘇る。
そして一番最後に先ほどの汐の笑顔が浮かんだ。
(応援してくれる奴もいる)
〝一番〟といってくれたことは素直に嬉しかった。しかしそれが社交辞令か本当かどうかは定かではない。
だがそんなことはどうでもよかった。
凛にとっては、応援してくれる人がいる。そしてそれが汐だということに意味があった。
頑張れと言われてここまで、身が引き締まる思いになるのは初めてだった。
汐にはそう思わせるなにかがあると思う。
しかし凛にはそのなにかがよくわからない。
けれど、自分の為にも、それに汐に頑張れと言われたからには絶対に負けるわけにはいかない。
決意は固まった。
凛はゆっくりと目をあけた。
「親父、行ってくる」
こぶしをぎゅっと強く握り、凛は県大会の会場へと赴いた。