第10章 ことば
「間もなくー岩鳶ー岩鳶ー」
流れる電車のアナウンスを聞いて凛は目をあけた。
寝ていたわけではないが窓から差し込む朝陽が眩しい。思わず眉をしかめた。
凛はケータイに目を落とした。
時刻は6:30を過ぎようとしたころ。始発電車に乗って凛は岩鳶に赴いた。
窓の外を流れる景色の速度が徐々に遅くなる。
岩鳶駅はもうすぐそこだった。
(ついに県大会、か)
昨日までの日々を思い出した。
懸命に泳ぎ、トレーニングを続けてきた。
すべては今日、県大会で遙と勝負して勝つために。
一つ息をつき、立ち上がった。
電車がホームに入り、そして停止する。
扉が開くと同時に凛はホームへ降り立った。
外していた片耳のイヤフォンをつけ直し、歩き出す。
早朝ということもあってか、岩鳶駅で降りたのは凛含めて片手で数えられるほどだった。
走り去る電車を視界の隅の方で捉えながら改札へ向かう。
改札の窓口は閉まっていた。
簡易改札機に切符を入れた。切符は吸い込まれていった。
そのまま改札を通り抜けようとしたとき、同じように改札を通り抜けようとした女子とすれ違った。
「...!?」
視界の端で樺色の髪が揺れた。
一瞬日焼け止めの匂いがした。
思わず凛はイヤフォンを外し、振り向いた。
ピッ、と定期で改札を通り抜けた彼女も同じように振り向いた。
そのあずき色の瞳に驚きの色を浮かべ、声をあげた。
「松岡くん...!?」
「っ...榊宮。なんで岩鳶に」
「地元からだと時間が微妙だから今朝は送ってきてもらったの。大会の日はだいたい岩鳶から乗ってるんだ」
濃紺地に白でSt.Spillerno swimming clubと文字が入っているTシャツに群青色のハーフパンツ姿だった。部活の正装、という感じだろうか。
「松岡くんは、なんで岩鳶に?」
「...親父に会いに来た」
「...お父さん?」
「ああ」
「試合前にお墓参りかぁ」
「そうだ」
「ね... 」
汐が次の言葉を口にしようとした時、電車の到着を知らせるアナウンスが入った。
「あ...電車来ちゃう、行かなくちゃ...。じゃ、松岡くん今日頑張ってね!」
「ああ。...じゃあな」
そう言葉を交わし、お互い歩き出した。
数歩歩いたところで後ろから自分を呼ぶ声がした。
「松岡くん!」
凛は振り返った。お陽様のような笑顔を浮かべた汐がいた。