第9章 縛る存在
「…死因は、出血と急激な体温低下によるショック症状だったって聞いてる」
話し終わった頃には少しだけ日が傾いていた。
今まで誰にも話してこなかった、閉ざしていた過去の記憶。
それを今日、凛に話した。少しだけ汐の中でなにかが変わった気がした。
「県内の同級生の中で1番泳ぎの上手かった海子が水に沈んでいったの。…まるで、足を掴まれて引きずり込まれたように。それ以来あたしは…水の中には得体の知れない魔物が住んでるように思えて、水が怖くなった」
汐が明かした過去に声も言葉も出なかった。
「あたしが海子を殺したようなものだよね。あたしがあの時水に近づかなければ海子は死ぬこともなかったのに」
なにも言えない凛に対して汐は続けた。
「あたしがみーこって呼ばれる理由ね、あたしがお願いしたの」
「お願い?」
「海子が亡くなってから、みんなあたしに気を遣ってくれてみーこって呼ばなくなったの。でも、あたしはみーこって呼んで欲しかった」
「どうして」
「…みんなには、いつでも海子のこと忘れないで欲しかったから。あたしのこと、みーこって呼んだときに海子のことも思い出して欲しくて」
「それは、お前が海子の思い出話をすればみんな海子のこと忘れないんじゃねぇのか?」
凛の言葉に汐は表情を強ばらせた。
言葉をつまらせた汐に凛は罪悪感を覚えた。
「…悪い」
「松岡くんは悪くないよ。そのとおりだもん。…でも、あたしは海子との思い出を、なるべく思い出さないようにしてる」
汐の言っていることは矛盾している。しかし汐もそれを自覚してるようだった。
「忘れて欲しくないのに思い出さないようにしてるっていうの、おかしいよね」
自嘲気味に吐き出された言葉。薄く笑ってはいたが凛には泣いているようにしか見えなかった。
「どんなに会いたいと思っても、死んじゃった人にはもう会えないよね。そうだってわかってても、思い出は優しいものなの。あたしは弱いから、海子との思い出に甘えて前を見れなくなる」
絞り出すように出された声は震えていた。
凛は胸が締めつけられる思いだった。なにも言えない。
話が一段落したところで、汐はあくびをした。
「…眠いのか?」
「うん、ちょっとね」
「なら俺は…」
「待って」
立ち上がろうとした凛の手を汐は掴んだ。
「?!…なんだ?」
「…あたしが眠るまで、ここにいてくれないかな…?」