第9章 縛る存在
「わたしよりも先に、汐を…」
海子が璃保にそう伝えた。
汐には自力でプールサイドに上がる力は残されていなかった。
「汐、いくよ」
璃保は汐の両脇に手を入れ力いっぱい引き上げようとした。
しかし想像以上に重くて璃保は驚いた。
3人の中で1番小柄な汐でも、濡れた服と体重が相まり、たかだか13歳の女子が一人で引き上げるには相当な重さだった。
必死に汐を引き上げるべく奮闘する璃保に向かって海子は言った。
「璃保、汐を頼んだよ…」
ひどく美しい笑顔だった。璃保が一瞬戸惑うほど。
次の瞬間、汐の体がふっと軽くなった。
海子が汐の体を持ち上げたのだ。
「汐!」
水から汐の身体が上がった。なるべく水から離れたところへ汐を引きずる。
冷えきって真っ白になった頬と紫色の唇をした汐。かろうじで意識はあったが、さながら凍死寸前といった様子だった。
璃保は自分のジャージを汐にかけた。気休めでしかないが少しは寒さをしのげるだろう。
次は、海子だ。
海子は泳ぎも上手いし意識もはっきりしてたから、もしかしたら自力で上がってくるかもしれない。そう思いながら振り向こうとした、その瞬間。
「海子!!!!!!!!」
汐の悲鳴が響いた。璃保は血相を変えて振り向いた。
そして目を疑った。
さっきまでプールサイドにしがみついてたはずの海子の姿が見えない。
汐は、その目ではっきりと海子がプールに沈んでいくところを見た。
目の前が真っ暗になった。
海子を助けなきゃ、そう思ったけれど身体が冷えて動かない。
目も開かない。
すぐ近くにいるはずの璃保の叫び声でさえ遠くに感じる。
だんだん意識が遠くなり、そして意識を失った。