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Emotional Reliable

第9章 縛る存在



それは小学6年の、凛がまだ岩鳶に転校する前の出来事だった。
凛は女子のフリーの決勝を見ていた。
レース全体のペースは決勝にふさわしいものだった。その中に飛び抜けて速い選手が1人。

レースを終えてその選手がプールサイドに上がってきた。
女子小学生とは思えない速さで泳いでいたのに息ひとつ乱れた様子もなく涼しい顔をしていた。
凛は彼女に声をかけた。

「ダントツ1位だな。おまえ、上嶋海子だろ?」
「…そうだけど、あんた誰?」
特に驚いた様子も無く凛に自己紹介を求めた。

「ああ、ごめんごめん。おれは佐野SCの松岡凛だ」
「ふーん凛っていうの。…で、凛。わたしに何か用?新手のナンパ?」
海子の飄々とした態度はとても小6には思えない。
こんな態度だが、海子は一部のスイマーの中ではちょっとした有名人だった。

「じゃあ単刀直入に。おまえ、どうして海外留学の話を蹴った?」
水泳で上を目指す人にとってはこれ以上にないチャンスを海子は断った。
海子は表情を変えずに凛を見据えた。

「そういうのは、オリンピックとかの選手を目指す人がいくものでしょ。だったらわたしよりもっと他の人が行くべきだから」
「おまえ、上目指してないのか?」
「そうじゃないけど…」
答えを濁していると不意に頭上から海子を呼ぶ声が聞こえた。
2人は上を向いた。声の主らしき樺色の髪の少女がスタンドから下に向けて手を振っていた。
海子はその笑顔を見つめて歩き出した。

「泳いでるわたしを見て喜んでくれる人がいる。わたしはこれからもその人と一緒に泳いでいきたい。それだけだよ」
そういって凛に一瞥をくれて海子は行ってしまった。凛は上を向いた。海子を呼んた少女と目が合った。あずき色の大きな瞳が凛を見つめた。
なるほど、あの子がその理由か。と凛は妙に納得してしまった。



「…松岡くん?…どうしたの?」
「…ああ、いやなんでもねえよ」
急に俯いて黙ってしまった凛を不審に思ったのか、汐が凛の顔をのぞき込んできた。
視線がぶつかった。そして凛は目を見張った。
たった今蘇ってきた記憶の片隅にいた少女と、いま目の前にいる少女が重なった。
動揺の色を隠すように凛は目を逸らした。

汐は表情を真面目なものに戻して続きを語り始めた。

「今から話すのは、あたし達が中学1年の冬の話」

それは、ひどく雪の降るとても寒い日だった。
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