第9章 縛る存在
璃保に言われた通り、凛は30分して再び榊宮家を訪れた。
この30分の間に、数年ぶりの地元を少し懐かしんだ。それからコンビニに寄った。けれど実家には帰らなかった。
インターフォンを押した。程なくして玄関が開く。
出たのは先程と同じく璃保だった。
「来たわね」
初め感じた威圧感はもうどこにもなかった。
待ってたわよ、という表情で凛を家の中に招き入れる。
「靴持って上がって。それであっちの部屋に隠れてて」
示されたのは、玄関をあがってすぐ左手側にある部屋だった。
扉をあけ中に入ってみると、そこはリビングだった。
白を基調としたシンプルで綺麗な空間だった。
この部屋だけでも汐が上流家庭の育ちであることがよくわかる。
「泥棒かよ…」
コソコソ家に潜入した気分になった凛は思わず呟いてしまった。
そしてすぐさま璃保の非難を受けることになった。
「こうでもしないとアンタ、上にいる先輩たちに見つかって後々大変な事になるわよ」
上にスピラノの先輩たちがいることを思い出した。
鮫柄水泳部とほぼ対等に合同練習をこなすような女子たちだ。
確かに見つかったら色々大変な事になりそうだ。
「わーったよ」
「汐の部屋は階段あがって奥の部屋ね。あ、わかってると思うけど…」
次の瞬間凛はゾッとした。怖いくらい美しい笑顔で、もし汐に手出したら鮫柄までアンタのことしばきに行くから、と言ってきた。
「なんもしねぇよ!するわけねぇだろ」
それに対し璃保は元の表情に戻って、ま、そうよねと返した。
「あと、そのうち汐のお母さんが帰ってくると思うから、挨拶しっかりね」
「親帰ってくんのか」
「なに、アンタびびってんの?アンタ男でしょ。それくらいなんとかなさい」
「びびってねぇよ」
「そう?ま…今日はめんどくさいのの帰りが遅いってだけよかったわね」
「めんどくさいの?」
めんどくさいの、とはなんなのだろうか。
「アンタからしたらめんどくさい奴って意味」
そういって璃保は意味深に笑い、リビングから出ていった。
少しもしないうちに階段を降りる複数の足音とにぎやかな話し声が聞こえた。
凛は璃保に言われた通りなるべく奥のほうに隠れた。
しばらくして話し声も消え、玄関が締まる音がした。
凛は頃合いをみてリビングから出て靴を玄関に置いた。
そしてひとつ息をつき、階段を登り始めた。