第9章 縛る存在
自分は、汐のなんなのか。最近凛にはそれがよく分からなくなっていた。
恋人ではない。しかし、他校の友達。というには自分たちはそれ以上に親しい仲な気がする。
だがそう思っているのは自分の方だけかもしれない。そうなると、凛と汐は〝友達〟なのだろう。
「単なる友人だ」
一瞬動揺した凛は平静を装って答えた。
その後に、それ以上でもそれ以下でもねぇよ…、と漏らしたがそれは璃保の耳には届かなかったようだ。
「そう、友達ね…」
璃保は意味深に目を伏せた。
束の間の沈黙。そして璃保は目線を凛に戻した。
戻された目線はまっすぐで先程の冷ややかさは感じられなかった。
「…アンタ、どうしてあの子が…汐が泳げないことを知ってたの?」
予想外な質問だった。
しかし凛は考える間もなく答える。
「あいつが…榊宮が言ってた。でもそれ、お前と、お前んとこの3年のマネージャーしか知らねぇんだってな」
璃保の眉がかすかに動いた。
それまでの高圧的ともとれる璃保の余裕が少し崩れた瞬間だった。
璃保はなにか考えるかのように俯き、すぐに顔をあげた。
「そう…汐から直接きいたのね…」
璃保は小さく笑ってみせた。
後半の言った声は小さくて凛には届かなかったけれど。
二人の間にまた沈黙が訪れた。
お互いなにも言わない。見方によっては冷戦中のようにも見える。
このままでは埒があかないと思い、凛がなにか言おうとしたとき。
「りぃーほぉーー!?なんか長いけどどうかしたのー?」
階段を上がった2階から声がした。
このとき凛は初めて気づいた。玄関に並ぶローファーが璃保のものだけではなかったことに。
上にいる人が下に降りてくるとさすがにまずいと内心かなり焦る。
ハラハラしていた凛をよそに璃保は階段の方へ向いた。
「宅配便ですぅー。いま手続きしてるんでそろそろ戻りますよぉー」
璃保は大きな声で2階に返した。
俺はいつから宅配業者になったんだとか思いつつ、璃保を見る。
璃保は凛の方へ向き直った。
そして茶化すような声と表情でこう言った。
「アンタ、でたのがアタシでよかったわね。今すっごい焦ったでしょ?」
どうやら璃保には凛の焦りがお見通しだったようだ。
くすくすと笑いながら、階段を登り始めた。
「アタシたち、あと30分で帰るから。30分後にまた来て。先輩たちにバレないように入れてあげる」