第9章 縛る存在
凛は璃保と向かい合って立っていた。二人の間に重苦しい沈黙が流れる。
それまで汐との会話からうかがい知れる人物像と、自分の頭の中のイメージでしかなかった璃保が目の前にいた。
やがて、先に口を開いたのは璃保だった。
「アンタ、鮫柄の…」
「…松岡凛だ」
「アタシは朝比奈璃保」
お互いの名前を伝えた後、また沈黙が訪れた。
昨日、汐を抱きしめたのが璃保だとなんとなくわかっていたが、こうやって面と向かうのは初めてだった。
顔が小さく、深いロイヤルブルーの瞳を収めた目はつり上がっていて、細く引き締まった眉は涼しげな美しさを醸し出していた。
ショートヘアから覗く耳にはピアスが光っていた。
汐を形容する言葉が〝可愛い〟なら、璃保を形容する言葉は〝美しい〟だった。
以前汐は璃保はお嬢様だと言っていたが、どちらかと言えばお嬢様というよりもお嬢という言葉のほうが似合うな、というたわいないことを凛は思った。
ピリリと張り詰めた空気を凛は感じた。
凛からしてみたら璃保が出るなど予想外だった。
明らかに警戒した様子で凛より1段高いところに立ち、凛を見下ろす璃保。
その眼差しは冷ややかで、背が高いことも相まってかなりの威圧感を放出していた。
「アンタ、なにしにきたの?」
眉を寄せ、静かに尋ねてきただけなのにとても同い年の女子には思えないほどの迫力がある。
気の弱い男子なら尻込みしてなにも言えなくなっているだろう。
だが凛は物怖じせずに答えた。
「風邪の見舞いだ。昨日うちの部員のせいでプールに落ちたろ。そのせいで風邪ひいたんじゃ申し訳ねぇだろ」
部員のくだりは口実にすぎなかった。本当は、あの今にも泣き出しそうな汐の様子が気がかりで心配だったのだ。
だが、そんなことは言えない。
表情ひとつ変えずに、ふぅんと興味なさげに凛の返答を受け流し、もう一度静かに尋ねた。
「アンタ、汐のなんなの?」
「っ…!」