第8章 Water
外ではすでに陽が傾き始め、空をオレンジ色に染め上げていた。
凛は鮫柄の門を出て少し歩いた場所で1人、佇んでいた。
オレンジ色の空を眺める。そして今日あったことを思い出した。
凛は汐のことが気がかりであった。
明らかにいつもの汐ではなかった。
その愛らしい顔を恐怖に歪め、華奢な肩や手足を震わせ、まるで凛を求めるかのように手を伸ばしてきた。
最後は自惚れか、と凛は口の中で笑った。
しかし、そうであろうとなかろうと、凛はその伸ばされた汐の手に応えることが出来なかった。
あのとき、手を握ってやることが出来たら彼女の震えを少しでも和らげてやることができたかもしれない。
心の片隅でそう思う。そう思うと、あのときなにも出来なかった自分が悔やまれた。
オレンジの空の中で流れてゆく雲を眺めていたら、近づいてきた足音が自分のすぐそばで止まった。
凛はその足音の主に目をむけた。
「松岡くん...」
いつもより小さな声だった。
泣いていたのだろうか、目元が少し赤い気がした。
光の加減もあるが赤紫の瞳は心なしか濡れてきらきらして見えた。
眉は下がっていて明らかに動揺している。どうして、といった表情だった。
どうして、答えは1つだった。
「榊宮...。少し、話さないか?」
凛は、汐を待っていた。
待ち合せをしていたわけではない。
ただ、なんとなく汐のことが心配だった。
会えなければ会えないでいいくらいに思っていた。
「...うん」
少し俯き、そして凛と肩を並べオレンジ色に染まる道を歩き出した。