第8章 Water
凛にむけてそろそろと伸ばされた白くか細い手も小刻みに震えていた。
明らかに普段と様子が違う汐。半ば錯乱状態であった。
どうしたらいいかわからない。
自分にむけて伸ばされた手を握ることすら凛にはできなかった。
凛が汐に対してなにも言えずにいると、唐突に汐に頭から大きなバスタオルがかけられた。
バスタオルをかけたのは璃保だった。騒ぎを聞きつけて急いで来たらしい。まだ髪の毛が濡れていた。
璃保は、バスタオルをかぶせられた汐を抱きしめた。
そして、言い聞かせるようにこう言った。
「汐を助けたこの男も、他の人も、もちろんアタシも、誰も汐の前からいなくなったりはしない」
静かに強く言い放った。
凛にはなんのことか全く分からなかった。しかし、汐の語ろうとしない過去にまつわることだということはよくわかった。
人がなにかに対してこれほどまでに怯える姿。
凛は既視感を感じた。4年半ほど前にも恐怖に震え慄く人を目の当たりにした。
記憶の中の彼といま自分の前にいる彼女が重なる。
少し胸が痛んだ。
あの時も本気で怖いと思った。
そして今も怖いと思った。けれと怖いという感情よりも情けないという気持ちの方か大きかった。
凛自身、汐の笑顔と会話で元気を得てるということにはうすうす気づいていた。
そんな彼女が今目の前で震えているのに自分はなにもしてやることができなかった。
そんな自分に腹が立った。