第8章 Water
「松岡先輩、お疲れ様です」
「ああ」
笑顔を浮かべながら似鳥は凛にドリンクボトルを差し出した。
凛はそれを受け取り、キャップを開けた。
ドリンクを飲みながら周囲を見渡す。
練習が終わり両校の選手たちは各々シャワーを浴びに更衣室へ向かっていたり、ドリンクを飲みながら休んでいたりしていた。
一方マネージャーのほうは練習後の片づけにシフトしていた。
ドリンクを配っている人やプルブイを片付けている人。いずれも背が高かった。
「...?松岡先輩、誰か探しているんですか?」
「は...?ああ、いや、別にそんなんじゃねえよ」
似鳥にはそっけなくこう言ったが、凛は無意識に彼女を探していた。
背が低くて、笑顔の可愛らしい汐の姿を。
凛は今自分のいる手前側のスターティングブロックの反対側、つまり奥側のスターティングブロックのところに汐を見つけた。
なにらやビート板をたくさん重ねて持って歩いている。
そのうちこちらにやってくるだろうと思い、凛は汐から視線を外した。
なにかひとこと、声をかけようと思ったのだ。
こんなこと汐には口が裂けても言えないが、練習前の汐の一声で自分でも驚くほど頑張ろうと思えた。
だから、それに対するお礼の意味も込めた労いの言葉をかけようと思う。
凛がドリンクボトルを置き、ジャージを羽織った。その時。
「あ!マネージャーさん危ない!!」
どこかで鮫柄の部員の叫び声が聞こえた。
そのすぐ後に、ざぶんという人が水の中に落ちる音。
振り向くと25m地点付近のプールサイドに散乱するビート板と転がるドリンクボトル。
水は大きな波紋を広げていた。
叫び声の主と、ドリンクボトルを誤って落としてしまった部員が申し訳なさそうに水面を見つめていた。
しかし、汐はあがってこない。
どくんと鼓動が大きくはねた。背中に何か冷たいものが走る。
この前の汐の陰りがフラッシュバックした。
(そうだ...!あいつは...榊宮は...!!)
考えるよりも先に体が動いた。