第8章 Water
日焼けを気にするとかこいつもやっぱり女子だな、と凛は思った。
凛も白いが、汐は凛以上に白い。少しくらい焼けても問題ないと思う。
「でも夏は体育水泳だろ。たしかお前んとこも屋内プールだから焼けねぇだろ」
「ん?...ああ、うちの学校ないよ。水泳の授業」
汐はさらりと言ったが凛からすれば信じられない話である。
ありえないだろ、という思いは凛のしかめっ面によく表れていた。
だが実際、水泳の授業をやらない女子校は少なくない。
「じゃ、あのプールは水泳部専用か」
「そうだよ」
中学生もいるけどね、と汐は補足した。
凛は初めて汐に会ったときのことを思い出した。
ちらっとしか見ていないがスピラノのプールは立派だった。
そんなプールを水泳部で独占できるなんて贅沢な話だ。
「つか、夏なのに体育水泳じゃねぇとか...っていうか、水泳の授業そのものがないとかありえねぇだろ。お前も水泳部だし、泳ぎたいとか思うだろ?」
凛の問いかけに汐は一瞬表情を強張らせた。がすぐにいつも通りの表情に戻った。
「あたしは...あんまり思わないかな」
「どうして」
予想とは違った答えに凛は少し驚いた。短い沈黙の後、汐はこう呟いた。
「...あたし、泳げないの」
「え...」
「泳げない...てか泳げなくなった、かな」
吐き出された言葉は茶化すような声音ではない。明らかに汐の表情には陰りが見えた。
泳げなくなった、ということは昔は泳げたのだろうか。
以前も同じように思う出来事があった。
汐が自分と同じように語ろうとしない過去にその答えがあるのだろうか。
泳げなくなった理由を知りたくなったが、初めて見る汐の陰りに凛はなにも言えなくなってしまった。
長い沈黙。黙り込んでしまった凛に、自分が空気を重くしたと責任を感じたのか、先ほどとは正反対の明るい声音で汐は笑った。
「...なんて、一応水泳の強豪で名前が通ってるスピラノ水泳部のマネージャーが泳げないなんて、恥ずかしいから内緒だよ?」
汐は笑っていた。昨日までの凛ならいつも通りの笑顔だと思うだろう。
だが今の凛には、汐が笑っているようには見えなかった。
汐の笑顔が、こんなに胸の奥にひっかかるのは初めてだった。