第8章 Water
「は?合同練習やんのか?」
「うん、まだ詳しいことは決まってないけどね」
こうやって夜に会うのは久しぶりな気がした。
久しぶりに見る汐の顔に凛の表情は無意識に柔らいだ。
「あたし明日か明後日くらいに鮫柄に行くから」
「何しに?」
「打ち合わせ」
マネージャーだからね、と汐はつけたした。
「部長に会いに来るのか」
凛はぼそっとつぶやいた。
言った瞬間しまったと思った。
「ん?」
「なんでもねぇ」
幸い汐には聞こえなかったらしい。
少し胸をなでおろした。
合同練習の打ち合わせに来るのだから部長である御子柴に会いに来るのは当たり前である。
そんなことは言わずともわかっていた。
汐が鮫柄に来れば他の部員たちは騒ぐだろう。
他の部員が汐ちゃん汐ちゃんと騒いでいるところを想像すると、心に薄もやがかかった気分になる。
急に黙ってしまった凛を不審に思ったのか、汐が下から覗きこんできた。
ふいに目が合ってしまい凛は少し動揺した。
それが汐にはわかったのか、茶化すような明るい声でこう言った。
「松岡くん見かけたらガン見するね」
「やめろ」
「冗談だよ」
本気だと思った?と、いたずらに笑う汐を見て凛は少し悔しく思った。
一瞬本気だと思ってしまった。
冷静に考えれば冗談だとすぐ気づくのに。
(ダッセェ、俺...)
汐の視線に、一言に動揺してしまった。
今までこんなことなかった。少なくとも出会った頃はこんなことはなかった。
それが今、これである。
汐も不審に思っただろう。
目が合ったとき、逸らしたいとさえ思ってしまった。
何故だろうか。汐のことが嫌い?そうではない。
そうではないことはわかりきっていたが、目を逸らしたくなった理由がわからない。
「ねえ松岡くん」
「ん?」
凛は空を見上げた。
曇天。月も見えない。
空は凛の心をそのまま映したように曇っていた。
それはまるで鏡のようだった。