第7章 あめのひ
「松岡くん、今日は部活のジャージなんだね」
「ああ」
「珍しいね」
「いつもは別のジャージだからな」
「そうだね」
「ああ」
汐は困ってしまった。
(どうしよう、会話が続かない...)
いくら友達とはいえ男子と、しかも俗にいうイケメンと相合傘。
日常とはかけ離れた状況に汐は戸惑っていた。
話したいことはたくさんあるはずなのに言葉が出てこない。
理由はひとつ。汐は緊張していた。
なんとかして会話を続けようとする汐に凛はひかえめに切り出した。
「おい榊宮...」
「なに...?」
「...お前そんなに俺と間合いとってると傘からはみ出るぞ」
「!?そ、そうだね」
明らかに挙動不審な汐が可笑しかったのか凛は顔を少しほころばせた。
「チビが慌てると小動物にしか見えねぇ」
「あたしはチビじゃないよ」
「155はどう考えてもチビだろ」
「チビじゃないって、標準だよ標準」
そこまで言い返して汐は、あれ、思った。
今、いつもどおりに話せたのである。
肩の力がするすると抜けていくのがわかった。
ちらりと下から凛の顔をのぞいた。
相変わらず惚れ惚れするほど整った綺麗な顔をしている。
凛という名前に違わない、凛々しく美しい貌。
普段明るいうちに会うこともないから、今日見る凛はいつもとはまた違った風に見える。
なぜだろう、目が離せなかった。
汐の視線に気づいたのか、凛は上から汐を見やる。
「なんだ?」
「なんでもないよ」
小さく笑い凛から目を戻した。
居心地の良さを感じる。けれど胸の奥がざわざわする。
手を伸ばせば簡単に届く距離。多少なりとも凛のことを意識してることを思い知らされる。
汐は空を見上げた。先ほどよりも雨が小雨になってきていた。
向こうの空にはわずかだが青空らしきものものぞいている。
けれど、
「雨、やまないね」
汐は嘘をついた。
「そうだな」
向こうの空の様子に気づいているのかいないか、凛はそう答えた。
「一つの傘を2人で使うのってさ...」
そこまで言って汐は残りの言葉を呑み込んだ。
凛はなにも言わなかった。
残りの言葉を紡ぐ代わりに、ほんの少しだけ汐は凛のそばに寄った。
(このまま時間がゆっくり進んでいけばいいのに)