第7章 あめのひ
「松岡先輩おかえりなさい」
先に寮に戻っていた似鳥が凛に声をかけた。
ただいま、と短く返す。
「先輩、右肩が濡れていますよ」
凛は自分の右肩に触れて少し眉を動かした。どうやら似鳥に言われて気づいたようだ。
どう傘をさしたら右肩だけがピンポイントで濡れるのだろうと似鳥は疑問に思ったが、何も言わなかった。
凛は右肩が濡れたジャージのポケットからケータイを取り出し、そのままジャージを脱いだ。
(まただ)
ここ最近似鳥がよく見る光景だ。
最近、凛はケータイを見ている時間が長くなったと似鳥は思う。
長くなったといっても極端に長くなったわけではないが。
ランニングから帰った後や入浴後にケータイを触っている時間が長くなった感じがする。
ケータイを眺める表情がとても穏やかで時に小さく笑っている凛に似鳥は少し驚いた。
ケータイを閉じた凛が先程机の上に置いたビニール袋をあさり始めた。
それは凛が別れ際に汐から運賃と言われて渡されたものだった。
なかには甘栗が入っていた。
凛は思わず笑ってしまった。
「あのチビ、これが運賃じゃ釣りが出るっつーの」
ぼそっとつぶやき、今日の会話の内容を思い起こした。
恥ずかしそうに雨宿りをしていた理由を話すからいったいなにかと思ったら、甘栗を買うかどうかで悩んでいたそうだ。
それを伝えられたときに理由がアホすぎて思わず吹き出してしまった。
笑わないでよ、と恥ずかしそうにぶつぶつ言う汐を可愛いと思ってしまった自分がいた。
甘栗の封を開け、1粒つまんで口の中に放り込んだ。
甘栗の自然な甘さが口に広がる。
甘いものは好きではなかったが、これなら大丈夫な気がした。
(あいつ、甘栗好きなのか)
新しく知った汐の好きなもの。なんだか胸の奥がくすぐったく感じた。
そのくすぐったさを誤魔化すように、凛はもう1粒甘栗を口の中に放り込んだ。