第7章 あめのひ
「松岡くん、寒くない?」
肩で息をする汐はそう凛に問いかけた。
「俺は別に。それよりもお前...」
自分を見上げてくる汐に、凛は言葉が詰まった。
いくら走ったとはいえ、本降りの雨のなか傘をささずにきた。
雨に濡れてところどころ制服のシャツが透けている。
幸いジャンパースカートで覆われた部分は透けていないため、下着は見えない。
そのことを言おうか言わないか迷っていたとき、凛の頬にふわりとなにか柔らかいものが触れた。
「濡れてるよ」
それは汐のタオルだった。
薄いピンクでいかにも、女の子の私物です、というものだった。
「...っ!」
どきっとした。ふわふわした質感がくすぐったい。
それに、柔軟剤だろうか。なんだかいい匂いがする。
(こいつっ...!)
まさかこんなところで、こいつは女だっていうことを突きつけられるとは思わなかった。
どきどきと自分でもわかるくらい胸の音がうるさい。
目の前で自分を覗きこんでくる汐にその音が聞こえそうで気が気でない。
(うるせぇよ...!俺の心臓...っ!)
凛は1歩下がって少し間をとった。
さっきは近すぎたのだ。だから変に意識してしまった。
そう自分に言い聞かせた。
「俺は平気だ。それよりもお前、部活のジャージかなんか持ってるか?」
落ち着いて、毅然とした表情で尋ねた。
「持ってるよ」
「ちょっとだせぇかもしれねぇけどそれ羽織って帰れ」
汐は、なんで?という表情で凛を見つめた。
凛はぷいと目をそむけた。
汐は自分の服をみた。そして凛が言わんとしてることを理解したようで少し赤面する。
「松岡くんありがとう」
部活のジャージを羽織り、恥ずかしそうにほのかに頬を染めた汐は笑顔を浮かべた。
「大会も近いし風邪、ひかないでね」
そういって、じゃあまたねと汐は駅構内へ向かった。
(松岡くんは優しいね)
ついさっきまで凛に引かれていた手にそっと触れた。
本当はありがとうのあとに言いたかった。
けれど恥ずかしくて言えなかったのはなぜだろう。