第6章 星月夜
「松岡くん、今日はありがとね」
駅の入口を背にして汐は笑顔を浮かべた。
そこには凛の言葉を奪った不思議な美しさではなく、いつも通りの柔らかな愛らしさがあった。
結局凛の胸を渦巻いていた疑問を解決することができなかった。
言えずじまいな凛の疑問について汐は何も語らなかった。
「おう」
凛がそう返すと汐は、じゃあねと言って駅の人混みに消えていった。その背を少しだけ眺めてから、凛は日課のランニングを再開した。
あの日、凛が汐とメールアドレスを交換した日から1週間と数日が過ぎた。
その間、ゆったりとしたメールのやりとりが続いていた。
もともと凛も汐もメールには即返信するタイプではなかったからお互いがちょうどいいな、と思えるペースだった。
そしてこの間、2人は何回か一緒に帰っていた。
いや、一緒に帰った。という表現には語弊がある。
ランニング中の凛が帰宅途中の汐と遭遇して、そこから駅まで一緒に行ってあげる。という次第である。
待ち合わせしたわけでもないし、凛も汐に遭遇しない日はいつも通りのランニングをこなして寮に帰る。
線路沿いの道に出た。このあたりは比較的建物も多く道路も大きい。
したがって人通りも車通りも少なくない。
走る凛を電車が追い越した。
榊宮この電車に乗ってるんだろうな、と先ほど別れた汐のことを思い出した。
この出会ってから今日までおよそ1ヵ月。この1ヶ月で凛の中の汐の人物像は少し変わった。
初めて会ったときに抱いたよくしゃべる背の低い女、というイメージは今も健在。
さらには顔立ち。初対面時は汐の勢いに圧倒されてよく覚えていなかったが、やはり凛も他の鮫柄の部員同様汐のことは可愛いと思う。
だがそう思うようになったのはごく最近である。
そして、一番は汐の人間性。
マネージャー歴が長いからかどうかはわからないが、汐はとても大人だった。強い人だった。
どこか達観したような雰囲気をもち、静かで揺らがない強さがある。
そう凛は客観的に感じる。
数日前の出来事である。汐と話していると〝才能〟の話になった。
凛は以前似鳥にやっぱり才能が大事、と言われたことを思い出した。
汐は、たしかに才能もモノをいうかもしれないね、と言った。凛はその発言に苛立ちを覚えた。
眉を寄せていると汐は控えめに、でも...と言葉を紡いだ。