第5章 午後8時
「松岡さんって鮫柄水泳部の部員さんだったんですね」
「ああ。...つかお前も、スピラノのマネージャーだったんだな」
「はい。あれ、あたし言ってませんでしたっけ?」
「初耳だ」
凛は横目で汐を見た。軽く足をひきずってるような、そうでもないような。
そして全然関係ないことを思った。
(榊宮...こいつよくしゃべるな)
汐はよくしゃべる女の子だった。うるさいとは思わない。
凛はあまり口数が多くないからこれでいいのかもしれない。
(初めて会ったときから思ってたけど、こいつ背ちっさ...)
凛からは汐のつむじが見えた。
月明かりと街灯しか頼りのない夜道では汐の樺色の髪はチョコレートブラウンだった。
前髪をとめるための2本の黒いヘアピンが月明かりに照らされてつやめく。
「うちの学校はよく鮫柄と合同練習をさせてもらうんですよ」
「らしいな」
「鮫柄の部員さん、みんな強くてかっこいいですよね。それに優しいし。いいチームだと思います」
「ああ」
なにかが凛のなかでひっかかる。さっきから返事も上の空気味だ。
(なんかこいつ、よそよそしくねぇか...)
最初から馴れ馴れしすぎるのと比べればマシだと思うが、凛と汐は初対面ではない。
会話の有無は抜きにして、凛と汐はこれで会うのは3回目になる。
その割には汐が妙によそよそしく感じて凛は複雑な気分になった。
2人は公園についた。
夜の公園、誰もいない。
「そこの水道で足洗え」
そう言って凛はそばのベンチにどすんと腰を下ろした。
(...やっぱり松岡さん、なんか怒ってる?)
冷たい水が傷口にしみる。膝がジンジンと痛い。膝だけじゃなくて、どこが別のところも痛い気がした。
(あたし、いつものクセでしゃべりすぎちゃったかな...)
会話が好きだから礼儀を欠かない程度にいろいろ話したのだけれど、凛はそっけなかった。
凛の考えてることがわからない。そんな気持ちが汐をよそよそしくさせた。
汐は洗い終わった傷口を見た。見た目は派手に転んだように見えたが実際はそうではないようだ。すぐによくなるだろう。
ここまで連れてきてくれた凛にお礼を言おうと声をかける。
「松岡さん」
「おい榊宮」
凛を見るその瞳を、正面からまっすぐとらえられた。
(あ...)
どくん、と胸がはねたのを感じた。