第5章 午後8時
(いったぁ...)
汐は急いでいて早足で歩いていたら死角から現れた人とぶつかってしまった。
しかもお互い勢いがついていてぶつかり、そして運悪く汐のほうが軽かったのか、弾き飛ばされてしまった。
謝罪の声が頭上から聞こえた。
顔をあげた。
(あ...)
そこには汐の〝ケータイの人〟が立っていた。
「ケータイの人...!」
「松岡凛だ」
間髪入れずに返事がくる。ムッとした表情で、転んだ汐に手を差し伸べてきた。
差し出された大きな手をとると、ぐいっと引き起こされた。
その力強さに少しどきりとした。
「えっと、あの、あたし、ごめんなさい」
「いや、俺のほうこそ悪い。あ...」
「え?」
凛は言葉に詰まった。その視線は汐の膝に向けられていた。汐は自分のひざをみた。
「あ...!」
見ると、膝をすりむいていた。白い肌に赤い擦り傷が目立つ。
「悪い...」
凛は申し訳なさそうに目をそらした。
「松岡さんのせいじゃないですよ」
笑顔を作った。すりむいたひざがズキズキ痛んだ。そのうち血もたれてくるだろう。
「...」
「...」
2人はお互いを見れないまま少しの間無言だった。
膝がズキズキ痛む。それが表情に現れてたのだろう。
凛が一瞬汐を見て、そして舌打ちをして気だるそうに息を吐いた。
(怒らせちゃったかな...)
凛の態度に目を伏せた。
静寂を破ったのは凛のほうだった。
「お前、この辺わかんのか?」
「え?」
「それ、はやく洗わないと血、たれてくんぞ。」
「...!」
このあたりを通学路にしてはや5年目だが、帰りしか通らないため実のところよくわからない。
汐が応えにつまってると凛は踵を返した。
そしてこう言った。
「わかんねぇんならついてこい。この近くに公園がある。そこの水道で傷洗え」
あ...と汐は一瞬固まった。そのあとに自分の表情が柔らかくなっていくのが分かった。
表情が柔らかくなるにつれて緊張がほぐれていくのもよく分かった。
(やさしい...)
少し安堵した汐は自分の3歩前を大股で歩く凛を追った。
そして隣を歩き始めた。