第5章 午後8時
凛と汐が初めて会話らしい会話をしたのは合同練習から1週間ほど過ぎた頃だった。
汐は夜道を1人で歩いていた。都会にしては閑静な場所だった。あたりを見回してみても誰もいない。
(慣れてるとはいえ、さすがにちょっと寂しいかな...)
聖スピラノ学院は寮通学と自宅通学が選べる学校である。
璃保をはじめとする水泳部員は皆中学から水泳をやるために遠方から入学した女子たちである。
汐はスピラノに入学する際にこちらの方面に引っ越してきたため自宅通学というスタイルをとっている。
つまり、スピラノ水泳部は汐以外みんな寮生であった。
部活があるから中学のときからずっと帰宅は1人だった。
1人で帰宅することには慣れていたが、暗い夜道を1人で駅まで歩いて行くのは何年経ってもやはり心細いものだ。
汐はケータイを開いた。時刻は20時を少し過ぎたころ。
電車の時間が迫っている。
コツコツと鳴るローファーの音が心なしか早くなる。汐は道を急いだ。
凛はランニングシューズの紐を結び、ケータイで時刻を確認した。
時刻は20時をちょうどまわったころ。
普段の夜のランニングの時間より少し早かった。
凛はケータイをポケットにしまった。
(ケータイ、今日は落とさねぇようにしねぇとな...)
多分次落としたら以前のように拾ってもらえない、そんな気がした。
ケータイを落としたときのことを思い出すと、それと一緒に背の低いスピラノのマネージャーのことも頭をよぎる。
今思えばすげぇ親切なやつに拾ってもらったんだよな、そんなことを考えながら走り出した。
規則正しいリズムで地面を蹴っていく。かなり速いペースだ。
凛は静かな場所を走るのが好きだった。あたりには誰もいない。
耳にはイヤフォン。音楽を聴きながら走ることで自分の世界に浸ることができた。
さらに言えばこの時間はいろいろと考えごとをする時間でもあった。
しばらく走ったところで曲がり角に差し掛かった。
閑静な住宅街だ。誰もいないと思いそのままのペースで曲がる。
が、その思いとは裏腹に死角から歩いてき人とかなりの勢いでぶつかってしまった。
さらにはそのぶつかった人を勢いで弾き飛ばしてしまった。
凛の耳からイヤフォンが外れた。
「いって...すみま...!」
目を見開いた。鼓動がはねたのを感じた。