第4章 噂のカノジョ
合同練習も終わり着替えも済ませた凛はプールの建物内を1人で歩いていた。
他の部員は更衣室でスピラノのあの子がかわいいだのあの子が好みだの、たわいもない話をしている。
絡まれるのが面倒な凛はそうそうに更衣室から抜け出してきた。
(あいつ、榊宮っつったか...。あいつがスピラノのマネージャーだったんだな)
凛の中で今日の練習風景が浮かんだ。
どの選手も鮫柄の選手に負けずとも劣らない、強豪校の名前に恥じない素晴らしい泳ぎを見せていた。
それだけでも驚くべきことなのに、あのマネージャー。
背の低い可愛らしい見かけからは想像できないほどの声の大きさと敏腕っぷりだった。
(あいつ、意外とすごいやつなんだな)
もう一度今度はちゃんと話してみたい、と凛は思った。
(榊宮んなかじゃ俺絶対名前間違えた失礼なやつ、だよな...)
〝さかきのみや〟を〝さかみや〟に訂正されたときのことを思い出した。無意識に眉間にしわが寄る。
これからも何回かスピラノと合同練習があるだろう。
汚名をぬぐういいチャンス、と凛はとらえた。
特に目的もなく歩いていたら、少し先のベンチに座っている汐を見つけた。
静かに歩み寄っていく。
汐の元まであと5メートル。おいおまえ、の言葉が喉まで上がってきたとき。
汐は、彼女の正面から歩いてきた他の鮫柄の部員に声をかけられた。
凛は立ち止まった。汐がその話しかけてきた人を、鮫柄の部員さん、と呼んでるあたりそう親しい間柄ではないことがうかがえた。
踵を返し歩き出す。
(会話に割り込んでまで話す必要もねぇか)
凛は歩いてゆく。凛は気づかない。汐が凛の存在に気づいてその背を見つめていたことを。
その日の夜、風呂から上がった凛は似鳥にこう言われた。
「スピラノのマネージャーさん、かわいかったですね!」
こいつもか、と凛は渋い顔をした。
凛の、女傑発言を聞いていた部員は十中八九同じようなことを言ってきた。
珍しく面白がられてる。
別にわざわざ連絡するまででもねぇか、と凛は思っていた。
しかしやたら汐のことについて話しかけられるので、少々気が変わりつつあった。
(別に大した用事とか、全然ねぇけどな)
内心笑いながら、椅子に座りケータイを開いた。
そして気づく。