第5章 隣の温もり
誰かが、ザラの寝ているベッドの枕元にある花瓶の花をそっと撫でている。
リヴァイだった。
『……あ、兵、長?』
「…気がついたか」
ザラが訳もわからないまま呼びかけると、気付いたリヴァイがすぐさま応じた。
「気分はどうだ。また酷くやったな。こないだの壁外調査よりも、重症だぞ」
『私……ああー、そうか』
ふとここへ来るまでの記憶を辿り、ザラは唐突に理解した。
『ワイヤー、引っ掛かったんですね…』
「その通りだ。記憶障害はなさそうだな。パティ・ブラッドローのアンカーとお前のワイヤーが絡まった。こういった事故は、年に何度か起きるんだ。勿論、壁外でもな」
『そっか…うわあ、ドジ踏んだなあ。すみません、ご迷惑かけて』
「いい。一度目は誰も責めん。だが二度目はないと思えよ。こんなことで命を落とすような真似だけはごめんだ」
『ハハ、そうですね…いたた』
起き上がろうとした矢先、体に力を込めた途端に全身に激痛が走り、思わず顔をしかめてザラは再びベッドへと身を沈めた。
「ああ、言い忘れていた。右側頭部を強く打ち付けていてな、そこは縫った。あとは全身打撲、肋骨と右人差し指の骨折だ。全治一ヶ月は見ておけよ。その間は訓練は休め、事務仕事を手伝ってもらう」
『…え』
淡々としたリヴァイの言葉に、ザラは思わず耳を疑った。
壁外調査を来週に控えているにも関わらず、リヴァイは怪我の完治に治る期間を一ヶ月だと言ったのだった。
『一ヶ月って…訓練休むって、だってどうするんです、訓練しなきゃ、壁外調査がもうすぐ…』
「馬鹿か、訓練もまともに出来ない奴を壁外には連れていけん。足手まといだ」
『や、だって…嫌です。行けないなんて、嫌です』
「…おい、俺はガキを説得させようとしてるんじゃねえんだぞ」
食い下がらないザラに痺れを切らしたのか、僅かに声を低めてリヴァイが言う。
「これは命令だ。幾ら腕の立つお前でも、手負いの状態では戦力外だ。てめえの個人的な意見は聞いてねえ、聞き分けろ」
『だって…、だって』
続ける言葉が見つからず、ザラは視線を彷徨わせたまま顔を俯けた。
自分だけ都合よく離脱して、あの場所へペトラ達だけを送り出すなど到底出来ないと強く思った。
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