第5章 隣の温もり
来る壁外調査を来週に控えたある日、立体機動の訓練中にその事故は起こった。
班単位での連携戦術の向上を図った訓練で、人員が薄くなった緊急時に誰とでもすぐに連携が出来るよう、列に並んだ順に次々と少人数班を編成し、巨人に見立てた巨大な木の板に斬りかかるというものだった。
ザラも例に漏れず様々な訓練年数の兵士と組みつつ、調子がいい様子で実力を遺憾なく発揮していた。
訓練も終盤に差し掛かり、この班で最後になるかと思われた矢先であった。
あ、と思った時にはもう遅かった。
グンと強い力で引かれるや否や、視界が180度ひっくり返った。
思いもしなかった方向へ強く引かれたので、体は容易くバランスを崩し、息を飲む間もなくそばの木の幹へと叩きつけられた。
『っぐぅ………』
そのままずり、ずり、と体が滑り、程なくして地面へと落下した。
鈍い衝撃が全身へと走り、今回ばかりは、息が詰まった。
低く呻きながら、地面に手をついて起き上がろうとすると、バタバタバタ、と地面へと血の溜まりができた。
(…あ、これは)
まずいやつだ、とザラは思った。
大量の血は右側頭部から出たようだった。
耳がぐわんぐわん鳴り、ぐらりと視界があっという間にひっくり返った。
はっはと喘ぐ自分の息遣いが遠くへ聞こえる。
気付けば顔のすぐ横に地面があった。
血溜まりの中へ、いつのまにか倒れ込んだようだった。
ぼやけた視界の中で、慌てて地面へと降り立ち駆け寄ってくる兵士たちの姿が見える。
ザラのすぐ近くに膝をつき、懸命に何かを訴えてくる兵士たちの顔をやっとの思いで目線だけで追っていると、だんだんとその視界すらもぼやけてきた。
ザラはそのまま、ゆっくりと自分の瞼が下りていくのを感じた。
***
夢の中で、ザラは誰かの声を聞いた気がした。
心地よい微睡に寄り添われ、夢と現実の間を彷徨っている。
眠っているベッドのすぐ脇で、誰かが立ち話をしているようであった。
時折、ザラの名前も呼ばれるのがわかったが、どうにも眠気が勝って、目を開けることが出来ない。
そんなことが何度か続き、その都度深い眠りの底へと落ちていったザラだったが、ようやく糸を手繰り寄せられるようにして、目が覚めた。
ゆっくりと室内へ視線を這わせる。
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