第5章 隣の温もり
この先、リヴァイがこうして他の人間に触れられることを許し、自分ではない誰かを抱いて眠ることを考えると、胸が締め付けられるように苦しかった。
だが、到底言葉になどできやしない。
リヴァイを縛る権限を持ち合わせていない。
自分が知らないだけで、過去に何人もこうしてリヴァイが傍に寄ることを許した女性が兵団にいたのではないかとさえザラは思った。
ザラはリヴァイの過去を知らない。
例えば、どこで生まれ育ち、どのような半生を辿ってここまで行き着いたのか、誰とどのような交友関係を持ち、誰に肌を許してきたのか、ザラは何も知らないのだった。
(誰か、他の人がこんな風に…この部屋で、兵長の笑う顔を見るのは、嫌だ)
言葉にして言ってしまいたかったが、ザラにその勇気は出なかった。
呼び掛けたまま見つめてくるばかりで何も言わないので、リヴァイが訝しげに顔を覗き込むと、ザラはやんわりと笑って、静かに首を振った。
リヴァイへ向かって腕を伸ばすと、それに応えてリヴァイも抱き返してくれる。
「…もう、寝るか?」
ザラが小さく頷くと、リヴァイはそっとベッドを抜け出て灯りを消し、窓の外を一瞥したあと再びベッドへと戻った。
ザラを掛け布団のなかへと促し、自身もそのなかへと入る。
「…ザラ」
いつものように後ろから抱きしめられる格好で寝るとばかり思っていたのでザラはリヴァイに背を向けて横たわっていたが、名前を呼ばれたのでリヴァイの方へと向き直る。
リヴァイはザラを抱え込むように腕を回すと、そのままザラを胸へと抱いた。
『兵、長』
「…こっちの方が、落ち着く」
暗闇の中で、リヴァイの瞳が閉じられる気配がわかった。
顔を向かい合わせて寝るのは幾分か恥ずかしかったが、ぴたりと寄せたリヴァイの胸元から聞こえる心音に耳を傾けているうちに、それもどうでもよくなった。
波が引いていくように、リヴァイの心音が、だんだんと遠ざかっていく。
ザラ、と最後に小さく呼ばれた気がしたが、返事をするより早く、ザラの意識は深い谷底へと落ちて行った。
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