第5章 隣の温もり
『む、無理ありますか?やっぱり…』
「無理っつうか…無理しかねえだろ、ペトラはなんて?」
『や、特に何も。頑張ってとか気をつけてとか言うくらいで、あとは見送ってくれますけど』
リヴァイの脳裏に、明らかな嘘をついて夜な夜な部屋を出ていく親友を見送るペトラの姿が浮かんだ。
きっと立体機動の特別訓練などではないとわかっていながら、深くは追求せずに目を瞑ってくれているのだろう。
ペトラが物わかりのいい人間で助かったとリヴァイは思った。
「ペトラは…」
ベッドの淵に座っていたザラの手を引いて、自分の腕の中へと抱きしめながらリヴァイが言う。
「どう思ってるんだろうな、俺たちのことを」
抱きしめたザラの髪からは、洗い立てのいい香りがした。
そのままリヴァイがザラの首筋に唇を落とす。
ザラはくすくす笑いながらくすぐったいなどと言って身をよじってリヴァイの腕から逃れようとしたが、簡単に離すリヴァイではない。
リヴァイの腕の中でくるりと身を翻したザラが反撃に出ようとリヴァイの脇腹をくすぐると、不意をつかれたリヴァイがバランスを崩し、そのまま二人してベッドへと倒れ込んだ。
さも楽しげにザラが笑うので、思わずつられてリヴァイも笑った。
『…兵長、よく笑いますね、最近』
ふと気がついたようにザラが言う。
「どこぞの脳内お花畑野郎の癖が移ったらしい」
『脳内お花畑?まあー素敵!こんな殺伐とした世の中ですものね、頭の中くらい、綺麗な花で埋め尽くしたいですよね』
からかわれたことを物ともせず強気に言い返すと、リヴァイが額を小突かれた。
幸せだ、とザラは思った。
すぐ隣にリヴァイの温もりがあり、こうしてふざけ合える日常がある。
このまま時が止まればいいなどと到底有り得はしないことを、百も承知でザラは願った。
あと一ヶ月もすれば、また次の壁外調査が訪れる。
次は何を失うかわからない。
自分の命すら保証はできない状況の中で、この温もりだけは、どうしても失いたくないと強く思う。
『…兵長』
「ん?」
呼ぶと、小さく笑って短く返事が返ってくる。
(…私だけがいいな)
言いかけた言葉を、ザラはぐっと胸の奥へと押し込んだ。
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