第5章 隣の温もり
泣き止み、抱き合っていた体を離したあとも、ペトラは赤くなった目元でにっこりと笑うだけで何も聞かなかった。
同情の言葉などは一切口にしなかったし、アーヴィンの名を出したりもしなかった。
きっとそんな言葉をザラが望んでいないことをよくわかっていたのだろう。
そして、彼女自身もあの日壁の外で目の当たりにした惨劇を、簡単な言葉で片付けて欲しくなどなかったに違いない。
ザラとペトラは無言で互いの額を合わせて目を閉じ、しばらくの間そうしていた。
聞かずとも、互いの心の痛みが手に取るようにわかった。
不思議だ、とザラは思う。
髪も、瞳の色も、声も体格も性格も生い立ちも何もかも違う、別の人間同士なのに、どうしてこんなにも相手のことがよくわかるのだろう。
大切だ、と思わずにはいられなかった。
この残酷で救いようもない世界の中で、この少女だけは、何としてでも失いたくないと思った。
死なば諸共。
彼女が死ぬ時は私の死ぬ時で、私の死ぬ時は彼女の死ぬ時であったらいいとザラは本気で思った。
「…ザラ。わたし、つよくなりたいの」
目を伏せたまま、ペトラがぽつりと言った。
「もっと、強くなりたい。守られてるだけの存在は嫌。兵団のお荷物は嫌なの。もっと、強く…強くなりたい」
額を離すと、手で顔を覆ってペトラは泣いた。
壁外で己の無力さに打ちのめされたようだった。
『…なれるよ。その心が失われない限り。あんな辛くて…悲しい経験をしたあと、そんな風に思えるペトラは、きっと強くなる未来へもう、足を踏み出してるんだ』
ザラの本心だった。
心の底から、そう思った。
泣き腫らしたペトラの目の奥に、爛々と光る強い炎を垣間見た。
強い意志をもった炎だった。
きっと彼女は打ちのめされるたびにこの炎を瞳に宿し、己の身を焼き、震え立たせ、また立ち向かうのだろうと茫然と思った。
ペトラはぐいと拳で涙をぬぐい、顔を上げた。
今が、越えなければならない試練の時だと思った。
ザラの顔を見る。
心を決めた顔をしたザラがそこにいた。
ザラはもう、乗り越えたのだろうとペトラは思った。
そして、ザラに壁を乗り越えさせたのは、リヴァイ兵長なのだろうと思った。
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