第5章 隣の温もり
そっと触れるだけのキスだった。
名残惜しげにリヴァイの唇が離れると、ザラは僅かに赤らめた顔でリヴァイを見上げ、失礼しますと小さく言い残し部屋を出て行った。
自室へと戻るとまだ部屋の中は薄暗く、ペトラは起き出していないようだった。
音を立てないよう気を払いながらペトラのベッドに近付き顔を覗くと、普段は健康的な肌の色をしているペトラの目元に、濃い隈ができていた。
昨晩遅くまで眠らずにザラを探し回っていたからであろう。
苦労をかけたことに申し訳のなさを感じ、ザラはペトラのベッドの淵に腰掛けると、そっと指でペトラの隈をなぞった。
『…ごめんね』
掠れた声が朝方の部屋にぽつりと落ちる。
するとペトラが人の気配に気付いたのか薄く目を開け、ゆっくりと瞳を動かしてあたりを見つめた。
寝ぼけ眼が顔を覗き込んでいるザラの姿を確かに捉え、ペトラは慌てて飛び起きた。
「……っ、ザラ!」
目を見開いて食い入るように見つめてくるペトラに、ザラは優しく微笑んだ。
その笑みがあまりにも儚く見えたので、ペトラは思わず、目の前にいるザラは既に実体をなくした幽体ではないかと疑った。
恐る恐る手を伸ばす。
すると伸ばした手が、確かにザラの頬に触れた。
本物だ、とペトラは思った。
途端、体中の力が抜け、ペトラは思わず涙ぐんだ。
ペトラの涙に、ザラが戸惑いの表情を見せる。
頬に涙を伝わせたままその涙を拭おうともせず、ペトラはザラに抱きついた。
ザラは黙って受け止め、嗚咽を漏らすペトラの背中を、震えそうになる手で優しくさすった。
何度も背中を行ったり来たりしては、ペトラが泣き止むまで、待っていた。
壁外から帰ったあと、早くに目がさめたペトラは休む間も無く業務に合流したとハンジから聞いていた。
きっと泣き言も言わず、持ち前の笑顔を振りまき、胸中の苦しさなどは見て見ぬふりをして頑張ったのだろう。
姿を眩ませた親友の顔を見た途端、張り詰めていた我慢の糸がぷつりと切れたに違いない。
一人で随分と無理をさせてしまった。
一見強かに見える彼女も、まだ年端のいかぬ少女であることに変わりはないのだった。
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