第5章 隣の温もり
感情を素直にさらけ出すことも、屈託なく笑ったり、怒ったり、泣いたりすることも、とうの昔に忘れてしまったリヴァイの目に、いつもザラは瑞々しく映った。
不思議と目が惹きつけられた。
彼女のそばにいる時、ふと昔を───自分の感情に素直であった幼き日の自分を、思い出したりした。
胸があたたかくなり、幸せな気持ちになった。
昨日が最後なんて、まさか言わねえよな、と心の中でリヴァイはザラへと語りかけた。
アーヴィンに別れを告げた後、ザラは泣いた。
声をあげて泣いた。
泣く声こそ悲痛なものだったが、ザラは確かに、生きることを選んでいたようにリヴァイは思った。
アーヴィンのいないこの世界で、生きていくことを、確かにに選んだのだと思ったのだった。
厩舎を覗き込んで、リヴァイはぎょっとした。
月明かりの差し込む厩舎の奥に、無造作に投げ出されている人の脚が目に飛び込んできた。
上半身は見えないが、誰かが倒れている。
否、間違いなくザラだった。
思わず駆け寄って抱き起こすと、どうやらザラは厩舎の藁の上に横たわっていたようだった。
「ザラ、……ザラ!」
力を込めて名前を呼ぶと、閉じられていたザラの目元が、わずかにしかめられた。
生きている。
張り詰めていた緊張の糸が切れたように、リヴァイは思わず大きく息を吐いて項垂れた。
『……、』
ザラの目がうっすらと開き、彷徨う瞳がリヴァイを捉える。
『兵…長?』
眠りから覚めたザラは、すぐ目の前にリヴァイの心配そうな顔が見えたので不思議に思った。
『どう…なさったんです。そんな、お顔して』
心配していたのはこっちの方だというのに、ザラは心配そうにリヴァイの顔へと手を伸ばした。
ザラの手が、リヴァイの頬に触れる。
リヴァイはなんと言ったらいいかわからなかった。
こんなところで何をしていたんだと怒鳴りつけたかったのに、ザラの様子にすっかり気勢をそがれてしまった。
「…なぜこんな所にいた」
リヴァイが聞くと、ザラは弱々しく笑った。
『だって…会いたくなかったんですもん。誰にも』
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