第5章 隣の温もり
「…おい、なんだ、話が見えねえ。いねえっつったってガキじゃねえんだ。明日にでもなれば戻ってくるだろ」
珍しくハンジが焦っているそぶりを見せるので、何をそんなに焦る必要がある、とリヴァイは自然と責めるような口調になった。
「いや…戻ってくるならそれでいいんだ。でも、なんていうか…最後に会った彼女の様子が、変に気になって」
目を伏せてハンジが言う。
「言葉にしにくいんだけど…あまりにも穏やか過ぎるというか───激情をひた隠して、平然と、何もないように笑っている…そんな風に、見えたんだ」
ハンジの胸を不安にさせるのは最後に見た、ザラの微笑みだった。
全てを諦めたような淋しげな笑いが、いつまでも胸に引っかかった。
このまま、ザラが手をすり抜けて、どこかへ行ってしまうような気がした。
不安になって思わずザラの姿を探すも、どこを探しても見つからない。
同期で同室のペトラを見かけ、彼女の所在を聞くと、なんとペトラもザラを探している最中だという。
ハンジはいよいよ嫌な予感が的中したかのように思い、どうしてあの時、黙って見送ったのだろうと後になって悔やんだ。
「…わかった、俺も探してみよう。お前達ももう一度隈なく探せ」
ハンジは口にこそ出さなかったが、ザラがどこかで自ら命を絶っていることを心配しているような様子だった。
ただ事ではないハンジの様子に感化され、リヴァイも考えを改めると、足早に歩き出した。
急いで思い当たる場所を手当たり次第にあたってみるも、やはり彼女の姿は見当たらない。
いよいよ夜も更け兵舎全体が寝静まったという時分、記憶の中のザラの姿を思い返していたリヴァイはふと、ある朝早く、一人で厩舎へと向かい馬の世話をしていたザラの姿を思い出した。
まさかな、と思う。
しかし可能性は捨てきれなかった。
急いで外へと出ると、広場の噴水を横切って厩舎へと向かう。
ザラが二ヶ月前、リヴァイを突き落とした噴水だった。
あの不思議な出来事からあいつとの縁は始まったのだと、リヴァイはぼんやりと思った。
たった二ヶ月前であるが、その頃彼女はまだ、恐怖も不安も、後悔も知らぬ新兵だった。
驚くほどの素直さがリヴァイの目には、眩しく映ったのだった。
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