第5章 隣の温もり
シャワーを浴び、体の汚れや傷口の血を綺麗に流したあと、ザラは濡れた髪のまま、行くあてもなく兵舎のなかを彷徨っていた。
同期の者、同じ班の者、アーヴィン伝いで見知った顔の者など、様々な人と出くわした。
みなザラの顔を一瞥するなり、何か言いたげに口を開いたが、言葉をかけられるよりも早く、ザラは曖昧な微笑みだけを残して足早にその場から立ち去った。
(みな、わかったような口調で…)
───アーヴィンと私のことを、語り出すのだろうと思った。
死んだ兵士と、大切な幼馴染を失った哀れな新兵。
アーヴィンは、心優しく穏やかで、いつも周りに気を配り、戦闘の腕も立つ、優秀な兵士だった。
彼を失って、心の底から残念だ。
気を落とす気持ちもわかるが、彼はそんなことを望んじゃいない。
…そんな言葉をかけられるのかと思うと、心の底からうんざりとした。
何も言ってくれるなと思った。
何も知らないくせに。
アーヴィンのことを…私のことを。
私たちのことを何も知らないくせに、知ったような口調で、赤の他人が、安い言葉で言い表すなと強く思った。
誰にも会いたくなかった。
重たい足を引きずりながら、人の声や足音を避けてのろのろと歩き回り、最後は、厩舎へとたどり着いた。
昨日の惨事を覚えているのかいないのか、いつもと何ら変わらぬ様子で、馬たちは静かにそこにいた。
ふと気がついて、顔を上げる。
かねてよりのザラの愛馬も、縄に繋がれて、いつものようにそこへいた。
お前、と呟いて、引き寄せられるようにザラは馬に手を伸ばす。
優しく肌を撫でると、優しげな馬のまつ毛が、わずかに震えた。
『お前…生きていたんだね』
馬の肌に頬を寄せると、温かな体温とむせ返るような体臭、規則正しく繰り返される息遣いがじかにザラへと伝わってきた。
ああ、と思った。
昨日触れた、アーヴィンの手が蘇る。
最後に触れた、唇も。
(あれは……、)
死んだ人の、感触だった。
血の通わない肌の色が、手の冷たさが、唇の硬さが、今まざまざと思い返されて、途端にザラは辛くなった。
責めたくなど、なじりたくなどないのに、どうしても考えてしまう。
どうして、と思わずにはいられない。
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