第5章 隣の温もり
団長であるエルヴィンをはじめ、兵士長であるリヴァイ、そして分隊長であるハンジやミケなど、幹部格の者は常に、自身の行動や言動が周りの兵士にどのような影響を及ぼすかに細心の注意を払っていた。
もとより感情を表へ出すタイプではないリヴァイやミケであっても、胸中では一体どれほどの寂寥や後悔、葛藤を抱えているのかわからなかった。
普段はあっけらかんと笑い変人などと揶揄されているハンジでも、人当たりよく微笑むエルヴィンでも、組織と、自分たちを信じてついてきた兵士たちの未来を託され、悩みの尽きることのない日々を送っていた。
…だが、仕方のないことだと諦めてもいる。
どれだけ責められようと、なじられようと、もう後戻りできぬ道の果てまで、私たちは来てしまった。
ハンジは黙って、ザラの背中を見送った。
悲しいことだと思った。
ほんのつい最近まで、無邪気に、屈託のない笑みで笑っていた彼女が、あんな風に、全てをわかったような悲しげな笑みを浮かべたことが、ハンジは悲しくて仕方がなかった。
家族を失い、故郷を失い、幼馴染みを追ってここへと流れてきた少女だった。
唯一の拠り所であった幼馴染みすら失って、今の彼女に、一体何が残るのだろう。
我慢しなくていい、感情を曝け出していいなどと、口が裂けてもハンジには言えなかった。
そんな風に気を使うことがむしろ、ザラを苦しめてしまうような気がした。
何か───何でもいい、誰でもいい、自分がなれるのなら、自分が。ザラの生きる糧に、生きる支えになれたらいいのにと、心の底からハンジは願った。
時を同じくして、団長室では、各隊から書類としてまとめられた今回の壁外調査の報告書にエルヴィンが目を通していた。
その報告書を各隊から預かってきたのはリヴァイで、忙しく目を走らせているエルヴィンの傍らで、机に寄りかかり、腕を組んでいる。
「…そういえば、お前の気にかけていた新兵、名を…そうだ、ザラと言ったか。初陣とは思えぬ、華々しい功績だったな」
手元に目を落としたままエルヴィンが言った。
ちょうど、ハンジの隊の報告書に目を通していたのであろう。
ザラの名と共に記された、討伐数8の文字に反応したに違いない。
.