第4章 変わりゆく関係、別れ
しかしそんなことにも当のザラは気づかぬようで、にっこり笑うと、大好きと答えた。
あまりの邪気のなさにアーヴィンが大きくため息をつくと、きょとんとした目をして心配そうにどうしたのと聞いてくる。
きっと、俺の気苦労になんてこいつは一生気がつかないのだろうとアーヴィンは辟易とした気持ちになった。
故郷にいた頃からのことなので今に驚く事ではないが、ザラはいささか、人から好かれすぎるような気がした。
余計な虫がつかぬようにとアーヴィンが苦労したこともしばしばで、ザラが調査兵団に入団してからも周りの異性との関係には目を光らせていたつもりだったが、まさかあのリヴァイ兵長にこんなにも懐くとは予想だにせぬことだった。
そして案の定、リヴァイもザラの人懐こさにしてやられたようだった。
以前、偶然にもアーヴィンはリヴァイがザラの頭を撫でながら優しげな笑みを浮かべる現場を目撃している。
人類最強と謳われる兵士の穏やかな笑みを見た時、アーヴィンはふと、もう遅かったか、と心苦しく思ったのだった。
そばに寄って、触れたが最後───離れ難いあたたかさのようなものを、ザラは宿しているのだった。
「…次の壁外調査が近づいて来たな。準備の方はどうだ」
『うーん…。色んな人に準備しておけよって言われるけど、何をどう準備するのが正解なのかわからないな。アーヴィンも初めての調査の時はそうだった?』
難しそうな顔をしてザラが言う。
「…はは。なかなか、変なところで聡いやつだな」
アーヴィンは思わず笑ったが、響いたのは乾いた笑いだった。
今までの壁外調査に思いを馳せるも、蘇ってくるのは、身を切るように辛く、過酷な記憶ばかりだった。
「…そうなんだ。準備なんて、何もないんだ。できることなんて、遺書をしたためておくことくらい」
志半ばにして散っていった戦友たちの姿が脳裏へとよぎった。
当たり前にあったものが、日常が、ある日を境に、ぷつりと途絶える感覚をアーヴィンはすでに知っている。
果たされない約束が、山ほどあった。
明日に確証がないことくらいわかっていたはずだったのに、それでも、またここで会えるものと信じて、ろくなお別れもできなかった。
.