第3章 生意気な新兵
「…おい、ありゃあ…」
訓練場を一望できる見張り台の上で、リヴァイは驚きの声を漏らした。
「…本当にあの、ラドフォードか?」
「くっくっく、最高だねその反応!」
目を見開いて瞬きを繰り返すリヴァイの横で、腕組みをしたハンジがさも嬉しそうに頷いた。
「そうなんだよ、私も最初は他人の空似なんじゃないかと目を見張ったね。…でも、彼女なんだ。人間って、つくづく不思議だよね。普段あんなほわほわした子が、立体機動じゃあんな動きをするんだもん」
リヴァイも全くの同感だった。
日常の所作を見ていると基本的に無駄が多く、リヴァイなどからすれば見ている側が思わず苛立ちを覚えてしまう程のザラであるが、立体機動での動きはどうだろう。
無駄という言葉とは遠く無縁な場所で、彼女はどこまでも自由に、宙を舞っていた。
誰がザラのこんな姿を想像できようか。
これほどの腕前を持っていたのならば、訓練兵である頃から名前が挙がっていてもおかしくはなかっただろうとリヴァイは思った。
「人には何かしら他人より秀でているものがあるものだけど、なるほど彼女は、誰よりも兵士向きだったという訳だ」
「…そうだな、あの腕はこの兵団じゃねえと活かせないだろうよ。間違ってもそこらの町娘なんかの一生じゃ、まず日の目を見ねえ能力だろうな」
自由に飛び回るザラの動きを目で追いながら、リヴァイはぼんやりと、皮肉なもんだな、と思った。
誰よりも戦場に似つかわしくない、まだあどけなささえ残る笑顔の彼女が、これほどの力を持っていた。
この先、彼女はこの兵団で重宝され、最前線で巨人と戦闘を交えることになっていくだろう。
(俺が……)
───そうであったように。
「…あれがあの、普段あれだけぶきっちょで、あんたを間違って噴水へ突き落としたおっちょこちょいのザラ、かあ…」
ハンジもリヴァイと同じことを考えていたらしい。
力なく笑うハンジの目に、悲しさともとれる色が滲んでいた。
「痛烈だなあ。あっという間に兵団中に広まるだろうね。兵長狙いのザラ・ラドフォードの立体機動の腕は天下一品だって」
リヴァイの顔を見つめて、ハンジが笑う。
「立体機動装置をもってしてなら、本当に君を殺せるかもしれない」
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