第8章 命の記憶
エルドがペトラとオルオの初陣の醜態をエレンへと晒し、二人が必死になって弁解しようとしているのを、ザラは半ば上の空に聞いていた。
帰ったら兵長と何から話そう、そのことで頭がいっぱいだった。
二人の関係について、もう一度深く考え直したかった。
命が潰えたらそこで全て終わりなのだと、わかりきったつもりでいたことを、此度の遠征でありありと思い知らされた気持ちでいた。
悔いなき方を選びたい。
あの人の傍に居続けるとしても、離れるとしても、悔いなき方を選びたい。
(悔いなき方なんて……)
どこか茫然とした気持ちでザラは思った。
悔いなき方なんて、本当は、自分でわかりきっているのだろう。
「ん! リヴァイ兵長!」
先頭を飛んでいたグンタの声に反応し、各々の顔に自然と笑みが浮かんだ。
兵長、やりましたね!
大いなるリヴァイ班の活躍ですよ!
女型の巨人の中身は誰だったんです?
いやあ、早く帰って美味い酒が飲みたいですね!
誰しもが、そんな会話の準備をしていた。
ふだん表情のほとんど変わらないリヴァイが小さく微笑んで、よくやった、と言ってくれるのを誰しもが待っていた。
兵長と合流して、壁の中へ帰れる。
祝杯をあげて、みんなで存分に笑って、温かい布団で眠る。
また、明日が来る。
明日も兵長のもとで、リヴァイ班として、胸に誇りを携えて訓練に励む。
誰しもがそうして日々が続いていくことを、信じて疑っていなかった。
幸せのなかに、それはあまりにも唐突に訪れた。
リヴァイだと思っていたその人が、クッと空中で不可解に進路を変える。
フードを深く被った一人の兵士。
あ、とザラが呟いた。
誰よりも憧れたリヴァイの動きを、ザラが見まごうはずがなかった。
リヴァイより背があり、リヴァイより動きが軽い。
グンタ違う、とうわ言のように呟くより速く、その兵士の手に握られた鋭い刃がグンタの首を掻き切った。
一同は眼前に広がる光景に、ただ呆気に取られることしかできなかった。
バランスを崩したグンタの体は勢いよく大木の幹に叩きつけられそこで止まった。
力を失った体はだらりと宙に垂れ下がり、文字通り首の皮一枚繋がった頭部が、ひどく不安定に揺れていた。
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