第8章 命の記憶
「うう…!」
エレンは思わず呻いた。
もはや何を信じ、何に従えばいいのかもわからなかった。
しかしそうしている間にも爆発的な勢いで女型の巨人が背後から迫っている。
「遅い!!さっさと決めろ!!」
「……っ、進みます!!」
激昂したリヴァイへ向かって、エレンはほとんど怒鳴り返すように叫んだ。
「うああああ!離せぇぇぇ!」
「!!」
叫んですぐ、背後から聞こえる悲鳴にエレンははっとした。
後続より来た援軍の兵士が一人、女型の巨人に下半身を掴まれ、そのまま巨大樹の頑健な幹へと叩きつけられた。
立体機動装置を装備しているからといって、巨人に動きを封じられてしまえば残るのはただの無力な人間である。
兵士の体は骨盤を境にあっけなく分断され、かつて人間であった肉塊として冷たい大地へ投げ出された。
「……! うあ…ごめんなさい……」
エレンは思わず目を背け、歯を食いしばった。
自分が巨人化することで、助けられたかもしれない命だった。
壁外の冷たい大地に散った彼にもまた、大切な人があり、彼の帰りを待つ家族があり、故郷の思い出があり、帰りたい場所があったに違いない。
「目標加速します!」
女型の巨人の足音が、次第に轟音となり大地を揺るがした。
あれこれ思案する間もなく距離を詰められた。
もうすぐ背後に、女型の巨人の姿がある。
「走れ!!このまま逃げ切る!!」
リヴァイが怒鳴った。
逃げ切る、本当にそんなことが可能だろうか、リヴァイ班の誰しもの脳裏をそんな思いがかすめていったが、疑っていられる状況ではなかった。
兵士はみな懸命に走った。
リヴァイの背中を一心に見つめ、リヴァイの判断だけを信じ、遅れまいと懸命に走った。
『───!』
「撃てー!!!!」
その時、突如頭上よりエルヴィンの怒号が響き渡った。
まるで時が止まり、世界から一切の音が消えたかと思えたその刹那、四方に設置された巨人拘束兵器が一斉に火を吹いた。
目の眩むような閃光。
遅れて轟音が響き渡り、あたりは喧騒に包まれ、そして静かになった。
一体何が起きたのか、はじめザラにはわからなかった。
茫然と後ろを振り返る。
発射された鋭い切っ先が巨人の体の至るところに突き刺さり、舞い上がった大量の砂塵で、その姿すら見えなくなった。
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