第8章 命の記憶
「お前と俺達との判断の相違は経験則に基づくものだ。だがな…そんなもんはアテにしなくていい、選べ。自分を信じるか、俺やコイツら、調査兵団組織を信じるか」
確固たる意志を持っていたエレンの瞳が、わずかに揺らいだ。
「俺にはわからない。ずっとそうだ…自分の力を信じても、信頼に足る仲間の選択を信じても、結果は誰にもわからなかった…」
失った仲間がいる。
失った数だけの、潰えた未来に思いを馳せる。
どうして、何故、あの時、ああしていれば───
…後悔は尽きない。
だが選ばなかった道の先が、果たして正解だったのかどうかも、確認する術はないのであった。
それぞれの人生を生きている。
俺は俺の人生を。
そして、エレンはエレンの人生を。
エレンには選ぶ権利がある。
エレンが後悔するとするならば、それは他ならぬエレンの選択によって生み出されるものであるべきだ。
「……悔いが残らない方を、自分で選べ」
エレンは強く歯を噛み締めた。
時間がない。
迷っているこの瞬間にも、消え入る命がそこにある。
(俺なら助けられる、俺なら───、!)
手を噛み千切ろうとしたまさにその瞬間、ザラと目が合った。
エレンは思わず動きを止め、真っ直ぐにザラの目を見つめ返した。
ザラは唇を噛み締め、苦しそうにエレンを見つめていた。
女型と戦うか、仲間を見殺しにして前へ進むか、そのどちらを選んでも過酷な道だとザラは思った。
しかしエレンは選ばなければならない。
自らの意思と関係なく力を与えられたこの少年は、どちらかを選ばなければならないのだった。
「───!」
エレンは目を見開いた。
ザラが悲しげに笑ったからであった。
『エレン……ごめんね』
弱々しく笑うザラが、小さく言った。
『……ごめんね』
この少年に科せられた残酷な運命に、ザラの胸は悲しみで覆われた。
力になることも守ることも出来ない自分が不甲斐なくて仕方がなかった。
エレンの手が力を失くし、ぽとりと馬の背に落ちる。
ザラの想いが、痛いほどに胸へ響いた。
「エレン」
そのエレンへ向かって、ペトラが言う。
「……信じて」
.