第7章 歴史の動く時
「なんてザマだ…やけに陣形の深くまで侵入させちまったな」
リヴァイが不服そうに呟き、エレンが信煙弾を撃つ。
そうしている合間にも、すぐまた後方で黒の煙弾が空を目掛けて飛んでいく。
もうすぐそこにまで奇行種が迫っているのがありありとわかった。
しかし次列中央・指揮に位置するエルヴィンは撤退する気配を微塵にも感じさせない。
団長からの指示がない限り、その下に仕える兵士が先に歩みを止めることもあり得ない。
後方より迫る脅威に一抹の不安を感じつつ、兵士たちは陣形を崩さぬよう留意しながら懸命に馬を走らせた。
不穏な空気が、壁外に繰り出した兵士たちの周りを取り巻き始めていた。
「これより先は中列、荷馬車護衛班のみが森に侵入するようにとの命です!」
調査兵団一行は80mの樹高を超える木々たちが鬱蒼と茂る巨大樹の森へと到着した。
リヴァイ班に団長の命令を伝えにきた伝達兵にご苦労と片手を上げた先頭のリヴァイを筆頭に、リヴァイ班も巨大樹の森へと進行する。
頭上高くまで木々が生い茂り、薄暗くひんやりとした林道を駆け抜けながら、エレンをはじめとするリヴァイ班の兵士はみな戸惑いを隠せなかった。
「兵長!中列だけこんな森の中に入ったら巨人の接近に気付けません!どうやって巨人を回避したり荷馬車班を守ったりするんですか?」
「わかりきったことをピーピー喚くな。もうそんなことできるわけねぇだろ…」
「な!?…なぜ、そんな…!」
必死に食い下がるエレンをリヴァイが一蹴する。
「周りをよく見ろ…この無駄にクソデカい木を。立体機動装置の機能を生かすには絶好の環境だ。そして考えろ。お前のその大したことない頭でな。死にたくなきゃ必死に頭を回せ」
「…っ、ザラさん…!」
エレンは思わず、縋るように隣を走るザラの顔を見た。
そして息を飲んだ。
不安げな面持ちの兵士たちの中でただ一人、ザラだけは異様なまでに静かな表情でそこにいた。
『エレン、よそ見をしないで、前を向いて。兵長のお背中だけを見て、追いかけて』
「追いかけるったって…!」
『何ができるって言うの』
エレンの声を遮ってザラが言った。
『この状況で、私たちに何が出来るって言うの。私には何もできないわ。団長の命に従うこと、ただそれ以外は』
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